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事務所へ着くまでにおおよそのバートの経緯を説明して応接スペースに落ち着くと、マークは感心して「そりゃあ、連れ去ったことは本当にいけないことだが、不思議なことがあるもんだなぁ。帰ってくる?そんなこと、あるか?中々ないぞ。」しみじみつぶやいた。続けて、「その母親は、よくアレックスをこのサーカスに入れようと思ったものだな。本当に手放したくなければ、絶対にここへはよこさないだろうに。」ケイトがうなづき、「私も、そう思います。私の中にあの人を許せない気持ちは当然あるのですが、それよりもアレックスを返してくれたことに、心を向けようと思っています。」「ケイト、・・・そうだな。これからいっぱい世話を焼いてやりなさい。」「はい、そうします。」優しい表情でマークの言葉に応えた。
マークが今度はジムの方に向いて「ところで、さっきのうかないお前の顔の訳を聞かせてもらおうか。歩きながらあちこち見た感じでは、掃除も行き届いて、動物たちもみんな元気そうだし、道具もきれいに手入れしてある。何があるっていうんだ。」ジムが一度うつむいてから顔を上げて「すぐにわかることですから、率直に言いますが、今うちは資金繰りがよくありません。何とか良い方策はないものかと探っている最中です。」「で、見通しはある程度は立ってるのか。」「いえ・・・。まだ。」ため息をついたマークが「おまえ一人のせいではないのはわかっている。行く街街でのあたりはずれもあるし、興行期間中の天候なんかも、大きなファクターになることもある。他の大きなイベント、スポーツなんかもな。常に一定の客を呼び込むことの難しさはよくわかる。が、理由、原因はどうあれ、現在のそういう状況はよろしくない。団員たちは家族だ。その家族が路頭に迷うようなことがあってはならない。」ジムは唇を噛み締め神妙な顔で「はい・・・。」しばしの沈黙を破るように、「入っていいですか?」ドアの外からバートの声がした。「入って。」ケイトが返事をするとバートが入ってきて「ソフィアが事務所へ行けって言うから・・。何かご用ですか?」マークが立ち上がりバートに近づいて「まさか、アレックス・・・なのか?魔法みたいだな。こんなだったのが、これか?」マークが赤ん坊サイズのジェスチャーをしてから本人を指差す。「は?あ、え?あの・・・。」ことが飲み込めずジムとケイトを見るとジムが「私の父のマークと姉のローズだ。おまえの祖父と叔母ということになる。」バートは驚いた様子をしてから深呼吸をして「初めまして。お祖父様、叔母様。なんと言って良いのか・・・僕が、その、アレックスです。」戸惑いつつゆっくり挨拶したバートにマークは「会えて本当に嬉しいよ。」両腕を広げ「抱きしめてもいいかな?やっと会えた私の可愛い大切な孫だ。」涙目の明るい笑みで言うと、「はい・・・。もちろんです。僕もお祖父様にお会いできて嬉しいです。とてもすごい方と伺っていたので。」抱きしめていたバートの事を離すとマークは目をパチパチして「おれがすごいって?」吹き出して笑って「誰がそんなことを?」「ああ、お祖父様を知る大先輩はそうおっしゃいます。」「そうか。たまたま良い評判でよかったよ。そう、大したことはないさ。」二人を見ていたジムが急に声を上げ、「そうだ、お父さん、今のこの状況の打開策をバートに手伝ってもらいたいと思ってるんです。」「バート?誰だ。それは。」「お祖父様、僕です。バートっていうのは。」「お前か?アレックス。」すっとんきょうな声を上げたマークに、緊張した様子のジムが焦った話しぶりで「そうでした、お父さん。アレックスを育てていた両親がつけた名前がバートといいます。」「なるほど。そういうことか。お前はそれが呼ばれ慣れてるわけだ。」「まあ、そうですが、アレックスと呼んでいただいても構いません。」笑みを浮かべて清々しくそういうバートを見てジムの涙腺が緩む。マークは「わかった。うちの孫としての名には慣れて欲しいが、それはおいおい。とりあえず、バートでいいさ。とことで、バート、お前はこの話、聞いていたのか?」「いいえ。全然。今聞いて驚いています。でも、実は色々と思うところがあったので、良い機会なのでご相談できたらと思います。」やり取りをずっと聞いていたローズが感心した様子で「アレックス、あ、バートくんね。ジムの若い時とはかなり、違うわね。あなたお勉強できるでしょう?」学校の先生らしい質問をするとバートが答えるよりも先にジムが「サーカスをやらせておくのが勿体無いくらい、頭脳明晰だ。」ローズが頷いて「やっぱりね〜。でもサーカスをやらせておくのは勿体無い、は、無いんじゃないの?」苦笑いした。

by kigaruni_eokaku | 2019-02-15 22:39 | 物語 | Comments(0)
「えー!?グランパ?」外で練習をしていたソフィアがびっくりして大声を出す。「ソフィアか?大きくなったな〜。」グレーの髪の、声がやたら大きい明るい老人が荷物をおくと、ソフィアを抱きしめた。ジムの父、ソフィアの祖父、マーク・ポートランス。「どうしたの?グランパ。急に。前に来たのって私が小学校くらいだったよね?ろくに連絡もくれないから、みんな心配してたのよ。私のハガキ、ちゃんと届いてる?」「ああ、ちゃんと届いてる、届いてる。ありがとうな。エリーズもお前のハガキを楽しみにしてるよ。お前はほんとに律儀だなぁ。」「あ、そうよ、グランマは?」「エリーズは、今、ちょっと腰の具合が良くなくてな。長旅はきついから、また次にってな。かわりに・・・。」後ろから入って来たのは、ジムの姉、ローズ。「お父さん、お土産持って来すぎよ〜。あー重たい。ソフィア、手伝って。」少しふくよかな、朗らかな女性「ローズおばさん!お久しぶりです。持ちますね。」ソフィアが、荷物をいくつか受け取って持つ。「ありがとう。」マークは呑気な調子で、「ロビンとエールに会いたいな〜。」特に可愛がっていた馬の名前を言うと、ローズが「お父さん、馬より、孫でしょう!来る途中もずっとよ。動物達のこと。」「孫、もちろんそうさ。けど、あいつらにもご無沙汰だからな。」ソフィアがローズの言葉に、二人がバートに会いに来たのだと気付いた。「おばさん、もしかして、今日来たのって・・・。」「そうよ、アレックスが見つかったんでしょう?ジムから一報をもらった時は、全く信じられなくて。早く会いに来たかったけど、学校があるから、すぐに来れなくて。」ローズは、中学校の先生をしている。マークが、「お前もジムとサーカスに居ればよかったんだ。」ぼやき口調。「お父さん!今更何言ってるの。サーカスに生まれたからってみんながみんななりたくなるわけじゃないし、そもそも私は子供の頃から運動音痴なんだから、無理だったでしょう?それより、早くジムとケイト、それにアレックスに会いに行きましょう。ソフィア、案内してちょうだい。」歩き出そうとするローズにソフィアが「あの、それが・・・。今、その“アレックス”は外出していて。まずは父さんと母さんと話してもらえますか。」マークが二人の間にひょいと首を突っ込み、「なんだ、出掛けてるのか。残念だなー。」「だって、グランパ、連絡せずに急に来るんだもん。居なさいって言えないじゃない。」「そら、そうか。けど、おれはビックリさせるのが楽しいんだ。じゃ、ジム達のとこに行くか。」と、3人が歩き出そうとしたらちょうどジムが通りがかり、「ソフィア、どうした。ん?あれ?お父さん!?それにローズも!?」驚いて駆け寄る。マークがジムに「元気にしてたか。ところでお前、ちゃんとやってるか?」「あ、ああ。やってますよ。ケイト、呼んできます。」苦虫を潰したような顔をして返答した後、事務所の方へ歩いて行った。マークがソフィアに小声で「ジムはああ言ってるが、なにかあるんだろ。そんな顔だ。あれは。」ソフィアは黙ってうなづいて「詳しい事は父さんと母さんに聞いて。私が言うことじゃないし・・・。じゃ、父さん達もうすぐ来るだろうから、練習戻るね。荷物は事務所に置いておくわ。」「おう、ありがとうな。頑張れよ。」程なくケイトを連れてジムが戻ってきた。「お義父さん、お元気でしたか?お久しぶりです。お義母さんもお変わりありませんか。」「ああ、今は腰の調子が悪いから今日は来れなかったんだが、元気にしとるよ。」「そうですか。お大事になさってください。ローズ姉さんもわざわざ遠路おいで頂いて。ありがとうございます。」ケイトがそっとハグをする。「ケイト、アレックスが見つかって、良かったわね・・・。本当に・・・。」涙声になる。「ありがとうございます・・・。あの子は姉さんの所にいて、育ててくださっていて、元気で暮らしていると・・そう、思うようにして心の支えにして来ました。」ケイトも涙が溢れる。「ケイト・・、よく頑張ったわ、あなた。ディアナとソフィアも立派にサーカスの演技者として育て上げた。ありがとう。辛い中でもずっと弟を支えてくれて。」「私こそ、ジムに、助けてもらってばかりですから。」「そんなこと。ジムはあなたに心から感謝してるわよ。アレックスは今出かけてるんですって?」「ええ、その・・・。」ケイトは育ての親のジョージがちょうど昨夜から来ていて先ほどまでここにいたことやこれまでの“アレックス”に起こった事情を説明するために、二人を事務所の応接スペースへとうながした。
by kigaruni_eokaku | 2019-02-10 21:34 | 物語 | Comments(0)
翌朝、食事を終えたジョージの所に、ジムの妻、ケイトがやって来て、穏やかな笑みで会釈をした。「昨夜、主人からあなたのお話を聞きました。私も同席しようかと思いましたが、・・・私の気持ちは主人と同じなので、主人に任せました。」ジョージは恐縮して立ち上がって「奥様・・・。誠に申し訳ありません。申し訳、ありません・・・。」深々と頭を下げた。ケイトはジョージの手を取り、「どうぞ、お座りになってください。フォックスさん。主人に心からの謝罪をしてくださったのも聞いています。ですから、もうおっしゃらないでください。ぜひ、今日はサーカスを楽しんでくださいね。」「奥様、あの、バートがこちらでお世話になったこと、本当に良くしていただいて、感謝しています。あの子は、あなた方が、実の両親であるとわかる前から、心から尊敬していて、大好きでした。これからもっと、ずっとあなた方を大切にしてくれることと思います。どうか、息子をよろしくお願いします。」再び深く頭を下げるジョージに、ケイトは少し首を傾けてまゆを下げて微笑んでから、「それは、フォックスさんも同じですよ。じゃあ、私、準備のお手伝いがありますからそろそろ失礼しますね。これ、今日のチケットです。」そう言って、エプロンのポケットから出して、ジョージに渡すと、今度はすっきりとした笑顔で去って行った。
昼になり、いよいよお客さんも集まり始め、楽しい音楽もいつものように流れ始めていた。バックヤードのバートが、ダンとケビンと最終的な打ち合わせをしている姿にジョージが気付いて見入る。テキパキと真剣な様子に自分の息子の成長ぶりを眩しく思い、本番の成功を心から祈った。
ショータイムが開幕!ジョージは他の客と同様にそれぞれのプログラムを楽しみ、拍手や手拍子をした。バートも難しい技を父親の前で次々に披露して、見事に成功させると、客席から大きな拍手が沸き上がり、ジョージはお客さんの拍手に包まれて笑顔でいる息子を見て、その盛り上がりに感無量だった。団員みんなの華々しい演技にも酔いしれ、あっという間に夢のような時間は終わった。団長の計らいで、母親のメアリーの時と同じように、バートは駅までジョージを送っていた。「バート、素晴らしかった。おまえ、有言実行だな。本当にサーカスの人になった。子供の頃言っていた通りだ。」「ありがとう。ちょっと緊張した。でもこの緊張感が、また、いいんだなー。」バートは幸せそうにニコニコしている。ジョージも同じように笑い、頷きながらバートの話を聞いていた。「あ、そうだ、バート、少し考えていたのだけどね、うちの会社、もうすぐテーマパークのマスコットランドの協賛、出資の契約が終わるんだ。専務が次はどうしようかと思案していた。今のところ、やはり何か親子で楽しめる施設の候補を上げているようだから、ワンダーランドサーカスも手を挙げてみてもいいんじゃないかと思ってな。どうだ。」話を聞いたバートが目を丸くして「父さん!それ、いいね。でもまだうちうちの話でしょう?勝手に営業かけるわけには行かないし・・・。とにかく、会社の父さんの部署宛てにチケットを送るから、何気なく、息子がここにいるんですよ、見てみませんかとかなんとか言って担当の人にサーカスを見てくれるようにまずは丸め込んでよ。それで、担当者が気に入ってくれたら、いざ、吟味ってなった時に話が良い方向に進みやすいかも知れないしね。団長にも言ってみるし。」ジョージは、くるくると考えを巡らせ、行動する先を考えているバートを頼もしく見ていた。
その頃、サーカスでは、久しぶりの来客がジムとケイトを驚かせていた。

by kigaruni_eokaku | 2019-02-05 18:09 | 物語 | Comments(0)
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その夜、バートの部屋に泊まったジョージにバートは「団長とじっくり話せた?」明るくそう言う。「あ、ああ。本当に、こんな寛大なことで、良いのだろうかと申し訳なくなるくらいに良い方だ。」ジョージはバートがいれてくれたコーヒーをすする。「ジムは僕の件とは関係なく、色々な経験をしているみたいだから、物の見方というか、なんか懐が深いというか、あったかいよね。僕は会ったことないけど、ジムのお父さん、前の団長さんは今、南の島にいるらしいんだけど、随分変わってて、やさしくて面白い人だったんだって。でも、ジムにはすごく厳しかったんだって。」「そうなのか・・・。団長さんのお父さん、ということは・・・、お前の本当のお祖父さんってことだな。」「そうなるね。」バートもコーヒーを入れ、ジョージの近くに椅子を引っ張って来て座る。「きっと、そのお祖父様も、お前のことを知ったら、おまえに会いたいだろうな・・。」「そうかな、だったら、嬉しいけど。なんでもできる不思議な人だったんだって。団で一番年長のサニーが言っていたよ。会えたら、何か教わりたいな。」「サーカスの申し子みたいな人だったんだな。」「だよね。僕なんか、1つの技を納得行くようにできるまで中々だもん。」「そうだ、バート、母さんからちょっと聞いたんだが、ワンダーランドサーカス、資金繰りがあまり良くないって本当か。」「うん・・・。残念ながら、ほんと。及ばずながら、僕も何か良い手立てはないか、考えてるんだけど・・・。チケットの売り方とか、宣伝方法、興行場所、改善すべき点は色々あると思うんだけど、現状を打破できるような決定打にはまだ思い当たらないんだ。」ジョージは優しさを含んだ寂しげな笑みでバートの話を聞いていた。「すっかりサーカスの子だな。それに、大人になった。うまいコーヒーも淹れられるようになった。」「えっ?そう?コーヒーはね、ジェットと、あ、ジェットは、虎だよ。そのジェットとパフォーマンスをしている、ブライアンからコーヒーメーカーを借りて、今夜はいれたからね。僕はいつもインスタントだよ。」バートが笑う。「私のためにか?」ハッとした表情でジョージがバートを見た。「うん。父さん、コーヒー、好きでしょう?」にこやかにそう言う。ジョージがコーヒーのカップをテーブルに置いて、「なぁ、バート、大丈夫か?無理しなくていいんだぞ。母さんや、私を怒って罵っても構わない。納得の行かない憤りをぶつけて責めていい。おまえが一番辛い思いをしてるんだから。我慢するな。良い子になんかならなくていい。」父の切実な訴えに、ゆっくりと首を横に動かして「父さん、僕は・・・、ちゃんと幸せだから・・・。そんな事、しなくていい。そりゃ、初めて母さんから話を聞いた時は母さんにきつく当たってしまったかもしれないけど・・・。それは、赤ん坊で何も分からなかった僕じゃなくて、僕がいなくなった時のジムとケイトがひどく辛かったろうと思ったから。でも・・・、本当の自分の子供を失った母さんも辛かったし、ずっと、自分を責めて生きて来たんだって思った。僕がワンダーランドサーカスに入るのを許してくれた時から、きっと覚悟をきめていたんだよね。いや、もしかしたら、サーカスが大好きだって僕が言い出した頃にはそう思っていたかも知れない。自分の罪と向き合って償う覚悟をしていたんだ。母さんは、最後まで嘘をつきとおすつもりはなかったんだ。団長たちにも僕にも。だけど、僕はこの事で、もうこれから先、誰も傷ついてほしくない。僕は・・・大丈夫だから。僕には、僕を理解しようとして励ましてくれる仲間も友人もいる。ジムとケイトも。それに父さんと母さんもいるんだから。・・ありがとう。父さん・・・。」バートはジョージを抱きしめて、「心配してくれて、本当に、ありがとう。育ててくれてありがとう。いっぱい色んなことを教えてくれてありがとう・・。泣かないつもりだったけど・・・」泣き笑いで唇をかみしめるバートにジョージが「いくらでも泣けばいい。ああ。」ジョージは、バートの思いを感じながら、月日をあけて仕事から自宅に戻った時の幼いバートを思い出していた。
by kigaruni_eokaku | 2019-01-30 22:57 | 物語 | Comments(0)
b0314689_21232327.jpeg「お忙しい中、わざわざお越しいただいて・・・。」夕刻になり、団長ジムが、バートの父ジョージを事務所の奥の狭い応接スペースに案内していた。「私の仕事の都合で、中々こちらへ足を運べず、すっかり遅くなり、大変失礼してしまって。お電話でも言いましたが、全く家内のやった事は、・・・どんなに謝罪してもしきれることはありません。誠に申し訳ありません。」深々と頭を下げたままジョージはまったく上げようとしない。「ああ、フォックスさん、やめてください、お顔を上げてください。」「いえ。妻がしでかしたことはもちろんですが、我が子がすり替わったことに気付かなかった世界一愚か者の父親です。妻の苦悩にも気付いてやれなかった愚かな夫です。」ジムが立ち上がり、ジョージの側に行き、肩をさすり、「似ていましたか・・・?うちの子どもと、フォックスさんの赤ちゃんは。」静かで優しい話し方でそう言った。「はい。髪の色も目の色も顔立ちも良く似ていました。」ジョージはゆっくり顔をあげて、涙をこらえた。「先日、妻に・・・、亡くなった本当の私たちの子どもが眠る墓へ連れて行ってもらい、詫び続けました。20年以上も私はこの子を放っていたのかと・・・。寂しかったろう、と・・・。」「フォックスさん・・・。」「情けなくて、申し訳無くて・・・。団長さんご夫妻にも無用のご苦労と悲しみの歳月を過ごさせてしまいましたし・・・。」ジムは改めて座りなおして、「もちろん、私も妻も全てきれいさっぱりあなた方ご夫婦を許せたと言うと嘘になりますが・・。」「それは当たり前です!」ジョージが早口で言ってジムを見ると、ジムは穏やかな様子で「バートはとても素晴らしい青年に成長しています。団の中でも年齢問わずみんなに愛されています。それはあなた方夫妻が大変良い育て方をされた証です。学業の成績も良く、身体能力も高い。何よりサーカスを愛してくれています。私の娘たちも、親の私が言うのもなんですが、明るく優しい良い子には育ちましたが、目の届き切らない幼年期を過ごさせてしまう環境ですし、学校も満足には行かせてやれませんから、バートのように、学業の優秀さ、自分のことより他人を思いやったり、あの確かな優しさや朗らかさは、中々持てるものではありません。」ジョージは恐縮して、額の汗をハンカチで押さえる。「あの子が小学校の頃にせがまれて2回サーカスを観に連れて行きました。」「それは、2回ともうちのサーカスですか?」「いえ。初めて行ったのは、ギルバートワールドイリュージョンでした。2回目がこちらです。」「ギルバートの団長とは、親交があるのですが、うちより規模も大きく華もありますし、どうせ入るならあちらの方が良かったのでは?」自虐的に言ってジムは不思議がった。ジョージは続けて「私はどちらも楽しめましたが、バートは断然こちらが気に入っていました。」「ほう。」「帰って来てすぐ、ピエロの真似をしたり、物を投げて受け取るのを練習して『見て見て!僕、サーカスの人みたい?』なんて嬉しそうに言って。その次はちゃんと勉強もするから、体操を習わせて欲しいと言い出して。こりゃ、本気なのかな?と思い始めました。けれど、本当に物になるかどうか分からないですから、将来何になるにしても必要な学校の成績を落とさないことを約束して習わせました。でも考えてみれば、こちらでサーカスを見物した時に、彼がギルバートイリュージョンより多くの幸せを感じたのは当然だったのかのしれないですね。自分の本当の家族が目の前で演じていたわけですから。何かあたたかい居心地の良さを知らず知らずに見出していたのかもしれません。」「フォックスさん、私たちはあなた方ご夫妻から、バートを取り返して二度と会わせたくないとか、裁判をして慰謝料を出して欲しいとか、そんな事は一切考えていません。ただ、一つ、失踪したままになっている、私たちの息子の籍に、あの子をアレックス・ポートランスという名の人間に戻していただきたい、それだけなのです。呼び名はバートのままで構いません。」「おっしゃる通りに致します。」ジョージがうなづく。ジムが一呼吸置いてから口を開き、「今日の昼間、あの子と話をしましたが、私にもやさしいことを言ってくれましてね。本当に。そして、あなた方ご両親を心から尊敬して、大切に思っている気持ち、これからも同じように大切に思う気持ちは変わらないと聞きました。ですから、これからも、どうかあの子を精一杯、愛してやってください。」ジョージは頭を抱えるように両手で顔を覆い、こらえきれずに激しく泣いて、やっとのことで言葉を発して「ありがとうございます。」ジムにまた深々と頭を下げた。「今夜は、こちらにお泊りになって、明日昼公演を見て行くことは出来ますか?」少し枯れた声でジョージが「はい。同僚に、頼んで来ましたので。しっかりと、皆さんが育ててくださったあの子のサーカスで歩みだした姿を見て帰ります。」ジムは黙ってうなづいてにっこりとした。



by kigaruni_eokaku | 2019-01-27 20:28 | 物語 | Comments(0)
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幾日か過ぎて、休演日、団長のジムはかかってきた電話に出ていた。相手はバートの父親、ジョージだった。休みに合わせて尋ねると前々からの約束で、確認の連絡だった。電話を切ると、ジムは何となく落ち着かず、事務所の中をウロウロしたのち、テントへ行き、腕組みをして客席に座っていた。そこへ手入れした道具の入った大きなケースを持ってバートがやって来て、団長を見つけて「どうしたんですか。」明るい声で話しかけて、隣に座った。「ああ、いや・・・。なんでもないよ。」無理やりの笑みを絞り出してそう言ってから、また真顔になり、「バート、今夜、」言いかけて口ごもる。「え?今夜、何ですか?」団長はバートの方を向いて、お前のお父さんが、来るよ。お前には言わないでくれと口止めされていたけれどな。」「父がここに?」「ああ。仕事の関係で、小さい頃から、毎日夜になったら帰ってくる様なお父さんじゃなかったんだろ?遠くに仕事で出かけて単身赴任で飛び回ってわずかな休暇で帰るようなだったんだろう?あまり甘えることもできなかっただろう。だから、会いたいだろうと、思ってな。」「ああ。そうですね。どうしていつもいないのかな、って小さい時は寂しいこともありましたが、帰ってきたら必ず沢山楽しいことをしてくれて、大事な事は何かを、父なりに僕に伝えていました。年齢に合わせて。だから、仕事でいない時は父の言葉を思い出して、自分が出来ることを精一杯やる、父が帰ってきた時に褒めてもらえるように。それから、僕が父の代わりに母を守る。ってまだこんな頃から思ってました。」バートは手のひらを子供の小さな身長くらいに見立てたジェスチャーをして、照れ臭そうに笑った。「そうか・・・。そうか・・・。」ジムがバートと育ててくれた父親の重ねた時間をしみじみと思った顔は寂しそうだった。「大丈夫?ごめんね。僕の母がやった事で、本当は団長が、」言いかけたバートにジムは首を横に振って「いいんだ。お前は謝らなくていい。笑っていなさい。」まるで幼い子供にするように愛しそうにバートの頭を撫でる。バートが立ち上がって、ケースからいくつかの道具を出して、最初に習った、今では容易いジャグリングをして見せて、「最初は、これ、全部落としてました。すぐ壊して、マックスに叱られてました。」思い出して笑うと、ジャグリングのスピードを上げ、回転や、ジャンプなど、習得したことをやって見せ「でも、今はもっと、難しいことが出来るようになって、お客さんに拍手をもらうことができるようになりました。誰のおかげですか?」団長の方をじっと見た。「【お父さん】のおかげです。」ジムはハッとして、ぽかんと口を開ける。「ただただ、サーカスが好きでたまらないだけで飛び込んできた僕をずっと見守って、助けてくれた【お父さん】の。」ジムはこれまでの思い、ここにバートが来てからの思い、真実を知ってからの気持ち全てが溢れかえった。メガネを外すと、涙を拭って、バートを抱きしめた。「ごめんな、お前のこと見失って、長いこと見つけてやれなくて。お前が幸せだったことはわかっているけど、そんな問題じゃない。本当に悪かった。もっと早くこうしてちゃんと話さなければならなかったのに。すっかり遅くなった。」バートの背中を撫でて、一層つよく抱きしめる。「これは、やっぱり家系だね。」バートも涙が溢れ鼻をすする。でもその顔は笑っていた。「何のことだ?」ジムがバートを離して問うと、「嬉しいとか、感激すると、後先考えず思いっきりハグしてしまうのはポートランス家の血だねってこと。お父さん。」ジムはキョトンとして、涙を拭うとメガネをかけ直している。バートは首から下げていたタオルで顔を拭いて「僕も同じこと、しちゃうから。ソフィアもね。ディアナは普段はしないけど、お酒をのんだらね、同じ。」笑う。続けて「もちろんケイトが一番だよね。ケイトのハグは悩みとか悲しいこと消してくれるあったかいお母さんのハグ。どこで、どんな風に育ったって、僕は間違いなくお父さんとお母さんの息子です。」ジムはまた涙目になって、「バート、すまない。ありがとう。」バートはにっこりして、「もちろん、育ててくれたフォックス家の両親も僕には大切な存在です。父は僕を、それから団長を、困らせたいわけじゃないから、安心して会ってください。団長に無理を言うような事はけっしてないはずです。」(自分が手塩にかけたわけではない息子が、こんな立派な大人になれたのは、間違いなくフォックス夫妻の大きな力なのだ。)ジムは穏やかに黙ってうなづくと、バートにジャグリングの道具を渡せ、という身振りをして受け取ると、見事にいろんなことをしてみせて「昔の腕は落ちてないだろう?中々のもんだ!それ!受け取れ!」ポールを高々と投げ上げる。「えっ?!」バートは驚きながらも、くるくると回転しながら落ちてくるポールの落下地点を予想して移動すると、見事に背面キャッチ。うやうやしくお辞儀をしたのを見て、ジムが大拍手を贈った。
by kigaruni_eokaku | 2019-01-22 23:00 | 物語 | Comments(0)
ダニエルの店を出たステファニーは、歩きながら、カバンのポケットからさっきジャックと分けたキャンディを一つ取り出して、口に入れた。(わ。すごい。食べたことないわ。こんなに美味しいキャンディ。)足早に歩いていたステファニーだったが、キャンディのほのかな香りとやわらかな甘さを味わいながら、店でのジャックとの会話、気遣い、楽しかった時期のことを思い返して行くほどに、あゆみは緩くなった。(私は・・・ジャックを今でも大好きなんだ・・・。)キャンディと同じくらいの大粒の涙が溢れて頰を伝った。たまたま自分の方に向かって歩いて来ていたおじいさんが驚いて、シワに囲まれた小さな目を見開いた。お嬢さん、大丈夫ですか、とでも言いそうな様子になったので、慌ててすぐそばに止まっていたバス停のバスに飛び乗り、一番後ろの席に座ってサングラスをかけた。涙はポロポロと溢れて、止まることはなかった。二つ目のキャンディを口に入れて、頰をハンカチで押さえた。(このバス、どこへ行くんだろう。)夏はもう終わりを告げているが、並木道の木の葉は、まだ差す光をいきいきと浴びて窓の外を流れて行く。(きっと、ジャックに再会しなかったら、見ることのなかった新しい明日に行くんだわ。彼がくれたこのキャンディのように今日より甘くて優しい明日に。)ステファニーはサングラスを外して、窓を開けると涙は風に飛ばされて行った。

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ジャックは、ランチを終えて店を出てから、グリーングラスという会社に向かっていた。それは、サーカスに行った時に見かけたあの、ガラス細工のオルゴールがきっかけだった。何度も団長の所に足を運ぶうち、いきさつを聞いて、ジャックにはちょっとした考えが浮かんでいた。大きな会社の受付で、担当者に会うために名刺を出していた。「本日はどのようなご用件ですか。」「新しい資金の使い方で御社の宣伝の機会を大きく開くお話です。」「かしこまりました。それでは担当の者を呼びますので。少々お待ちください。」「あの、この写真をみてもらえますか。」ジャックは、団長の所にあったガラス細工のオルゴールの写真を出して見せた。女性は少し笑みを浮かべて「ああ、これは会長の。」「会長?」「はい。これは会長の作品です。」「会長の作品?こちらにはないのですか?」「はい。弊社では建築物用ガラス、特殊ガラスなどの工業製品、そして一部家庭用品がお取り扱いの商品となっております。」「じゃあ、これはどこにあるのですか。」「会長の工房です。会長が個人的にされている創作活動、ということになると思います。」と、背後のエントランスで数人のいかにも重役そうな人たちが話しながら歩いてきた。その中に、見覚えのある顔があった。会社のパンフレットに載っていた、今、話題にしていた会長だった。受付の女性も立ち上がり、頭を下げる。ジャックは受付の女性に軽く頭を下げると、会長に駆け寄り、「突然失礼します。私、こういう者ですが、ほんのすこしだけお時間をいただけませんか。」渡された名刺を読み上げる「パークヒルズ銀行、融資課、ジャック・フェリーくん?なら、経理課、じゃないかね。私じゃなくて。」そう言って立ち去ろうとする会長に、「会長、この写真を見ていただけませんか。」会長の歩みを遮ったジャックに秘書らしき男性が憮然として間に入り「会長はお忙しいので、お話は経理課へお願いします。」会長はジャックが持つ写真が気になって、見つめる。「これは、私がジムに作った作品だよ。」懐かしそうに笑う。「そう、そうなんです!そのジムさんが団長をしている、ワンダーランドサーカスについてのお話なんです。」「何?ワンダーランドサーカスの?」そう言ってから、秘書と重役に「悪いが、私の会議参加はこの話が終わってからにさせてくれ。みんなは先に会議室で進めておいてくれ。」「わかりました。」納得いかない顔をしながら、取り巻きの重役たちは、会長から離れた。
会長は、エントランスから、人とあまり顔がささない、廊下の横のついたてのあるミーティングスペースにジャックを案内して、「どういうことだね。」興味深そうに尋ねる。「お忙しいと思いますので手短にお話しします。今、ワンダーランドサーカスは、深刻な財政難です。私はサーカスの融資担当ですが、頭を抱えています。そこで、グリーングラスさんのような、優良な企業さまに、サーカスの協賛をして頂けないかと考えた所存です。」「なるほどね。で、私のメリットはなんだね。」「御社の企業イメージがますます上がります。夢のある企業だと。これ、企画書です。どうか、ご一考ください。では。お時間を頂戴いたしまして、申し訳ありません。」先にジャックが立ち上がる。「わかった。考えておきましょう。良い返事ができるかどうかはわからないけどね。会社というものは、私の自由にはなりませんからね。」冗談ぽくそう言って品良く笑うと会長はジャックの肩をポンポンと叩いて、エレベーターの方へ歩いて行った。

by kigaruni_eokaku | 2019-01-20 22:16 | 物語 | Comments(0)
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「分かってやれなくて、ごめんな。頼りがいのない男で。」ステファニーは黙って首を横に振り「私こそ、可愛くない女だったね、ごめん。」「もっと適当にやればいいんだ。お前が一番苦手なことかもしれないけど。」ダニエルが「話し中悪いが、とりあえず、食ったらどうだ。冷めたらまずくなる。」ステファニーが苦笑いして「そうだね、ジャック、食べよう。」「ああ、そうだな。」料理に手をつける。「おれ、お前が消えてしまった後、長いこと悪い酒ばかり飲んだ。どうしてやれば良かったんだろう、どうにもしてやれなかったって。ステフと一緒に飲んでいた同じ酒とは思えないくらい味が違う悪い酒をな。」話を聞いていたステファニーが、目を料理の皿から、ジャックに移し、「そうだったの。ありがとう。私のこと思い出してくれてたんだ・・・。」「そら、そうだろ。」身を乗り出す。「でも今は多少、お酒は美味しくなった?」「え?」「【飲んでる】、じゃなくて、あなた悪い酒を【飲んだ】って言った。過去形になってる。「そうだな。ずーっとグルグル考えた挙句、お父さんの会社のためになる縁談を受け入れたのかなって。だから、それをおれに言えなくて消えたのかなって思って。そうなら、何もしてやれなかったおれがステフを連れ戻す資格なんかない。愛想つかされても仕方ないよなって。ま、できれば、仕事なんか全部放ったらかして、お前を探し回りたかったけど。」(ジャック・・・。) ステファニーは知らなかった当時の気持ちを知り、切なくなる。ジャックのフォークを持つ手が止まる。ステファニーは、泣きそうになるのを気づかれないうちに引っ込める「いじめてごめん。そうだよね。食べて、食べて。」ジャックがフォークを置くと、「これ、買ってやるから。」ウエンディに目配せしてからミカエルのキャンディーを手に取りステファニーに渡す。「なんで?高いのに?」「これはな、恋が叶うキャンディーだ。」「へっ!?何、乙女チックなこと言ってるの。」ステファニーが吹き出す。ジャックは眉間にシワを寄せて「自分でも言っててちょっと違和感あるけど、とにかく、なんか叶うみたいだから。まだ決まった相手がいないなら、これ食べて、おれみたいなんじゃなくて、お前が本当に困ってること、悩んでることにちゃんと気づいて助けてくれる奴を見つけろ。」ステファニーは真顔になり、「・・・うん。分かった。ありがとう・・・。で、ジャックは叶ったの?」しんみりした表情をした後、上目遣いでそう言われ、「え?なんでそこでおれの話になる。」「ふーん。叶ってはない。」ジャックの目が泳ぐのを見逃さないステファニーに「どうでもいいだろ。でもな、こうしてステフとまさかの再会ができた。結構なご利益じゃないか?まぁ、キャンディーのおかげかどうかはわからんが自分の不甲斐なさにずっと落ち込んでたけど、こんなおれでも誰かのために何か出来るかもしれないってくらいは思えるようには変えてくれた気がしてる。力不足でお前にはしてやれなかったけど。」「そう。じゃあ、半分こしましょう。」バリっと袋を開けてステファニーがキャンディーをカウンターに散らばらせると、ジャックが「お前が全部持って行けよ。」と手を広げてスーッとステファニーの方にまとめて押す。「私はあなたより魅力的だから、半分で十分よ。あと半分であなたの、その、彼女を射止めなさいよ。」ジャックが完敗とばかりに、あえて何も言わずにため息をつくと、黙って律儀に1つずつ交互に自分側、ステファニー側にと分けて行く。分け終わって「あっ、奇数じゃないか。割り切れないとなんかイラつくな。」そう言いながらキャンディーが入っていた袋の裏を見て「グラム表示かよ。全く。」「いいからいいから。はい。」ステファニーが1個多くジャックに渡す。「ありがとう。魅力的なステファニーさん。」「いえいえ。どういたしまして。」うやうやしく返事をする。「彼氏が出来たら紹介しろよ。」冗談ぽく、でも優しい口調で言うジャックに、あっけらかんとした口調でステファニーは「結婚式の招待状を送るわ。」そう言い放った。ジャックは少し複雑な笑みを浮かべて頷きながら「・・・ああ。待ってる。必ず送れよ。」「うん。」ステファニーは身を伸ばして顔をカウンターの奥に向けて「ダニエルとウエンディも来てね。」ダニエルがなんとも言えないくしゃくしゃの笑顔で「行く。絶対行く。な、ウエンディ。」「ええ、行きますとも。」「ありがとう。じゃあ、私、そろそろ行くわ。いくら?」財布からランチ代を出そうとしたステファニーに「おれが払っとく。」ジャックが彼女の手を持ち、財布をしまわせる。ステファニーは笑って「大盤振る舞いじゃない。高いキャンディーに、ランチに。」「いいから。黙って払わせろ。先週馬券が当たった。気にするな。」ステファニーはそれがウソだとわかっていたが「それなら、ご馳走になるかな。」素直に騙されることにした。「会えて良かったわ。じゃあね。また。ダニエル、ウエンディ、ありがとうね。」ステファニーがカバンを持ち、出口で片手をあげた。ウエンディが駆け寄って、「いつでも遊びに来てね。」そう声をかけると、にっこりと頷いてステファニーは店を出て行った。

ステファニーが出て行った後の店で、ダニエルは「ジャック、泣いていいんだぞ。誰にも言わないから。」ダニエルの方が泣きそうな顔をしてそう言う。「誰にも言わないって何言ってるんだよ。なんでおれが泣くの。」「男だって泣きたいときあるさ。うん。」「泣く必要はない。あいつはおれには勿体ないからな。もっとあいつに似合った男と出会って幸せにならなきゃいけない。なるに決まってる。逃した魚が大きかったのではなくて、そもそもおれの魚じゃなかったってことだ。さ、じゃ、おれももう行くわ。」椅子から下りて立ち上がるジャックに、ウエンディが「馬券はいつものように外れたんでしょう?つけといてあげてもいいわよ。」伝票を出す。「当たるわけがない。つけても何でも払わにゃならんに変わりなし。ま、これくらいは払えるって。」ジャックはウエンディの気遣いに鼻にシワを寄せ、いたずらっ子みたいな笑みをして、札を置いた。

by kigaruni_eokaku | 2019-01-13 16:53 | 物語
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「お父さんの会社はその後どうなの?」ウエンディが静かに尋ねた。ステファニーは淡々と「それなりに。沢山の人に迷惑をかけたけど、前よりはマシにはなった。少し目処も立って来た。」「そう。よかった。でもその件がなければね・・。」「ウエンディ、要らんこと言うな。」ダニエルがフライパンの魚のソテーをお皿に移しながら妻に注意する。ステファニーが明るい声で「良いのよ。ダニエル。ウエンディは私のお姉ちゃんみたいなもんだもの。ずっと私のことを心配して、なんとか良いようになって欲しいって思ってくれてたのは、よーく分かってる。」ダニエルが料理をカウンターの彼女の前において、心配そうに「そうか?それならいいが。大丈夫か。」「何が?」ステファニーは少し微笑むような顔をして問い返す。「その・・・。ジャックとは会ってないのか。」「うん・・。会えないよ。申し訳なくて・・。」「そうか・・・。すまんな。オレこそ要らんことを聞いたか。ほら、熱いうちに食べな。」「うん。ありがとう。頂きます。」と、外から声が。「ダニエル、ランチ始めたのか。暗いな。やってんなら、照明くらいつけろよ。ん?ステフ?!」タイミング悪くやってきたジャックに、ウエンディが「ランチはやってません!」カウンターの外に出て、ジャックの背中を押して店の外に出すと、「あの、今、店の中に居たの、ステフだろ?何か前と全然雰囲気違うけど。」店の前でウエンディと小競り合い。「そうだけど、あんたは今は入っちゃダメ。」地声のジャックと、小声のウエンディに、ステファニーが入り口まで出て来て「久しぶり。一緒にランチ、しようよ。ダニエル、ランチ、もう1つ」ダニエルはへの字口で、「やれやれ・・・。かしこまりました。」ジャックはステファニーの隣に腰を下ろし、「随分感じ変わったけど、似合ってるじゃないか。彼氏か、はたまた旦那さんの趣味か。」「ううん。私の行きつけの美容院の店長の趣味。」「は?」ジャックはポケットから、タバコを出して、「あ、タバコ、吸ってもかまわないか?」尋ねるとステファニーがクスッと笑い、「マナーが出来て来たじゃない。」(前はそんなこと、聞かなかった。勝手に煙をはいていたくせに。)そんなことを考えながら黙っていると、「で、いいの?だめなの?」「いいよ。別に。好きにして。」「サンキュ。で、元気にしてたのか。」「うん。病気になる暇は、なかったわね。」「ウィルはどうした。」「私が締め上げて、父のところともう一箇所、働きに行かせてるわ。我が弟ながら、ホントのバカヤローでまいっちゃうわよ。」2年ほど前、割と大きな文具メーカーを営んでいたステファニーの父親は、息子のウィルが父親に黙って会社の資金で無理な投資をして、あっという間に傾かせた。そんなことになる前から、この店で出会って意気投合して親しくしていたジャックにステファニーは相談に乗ってもらっていた。けれど、会社の状況は良くなるどころか、どんどん悪化して、合併話とステファニーの結婚話が、救世主かのようにふってわいた。ステファニーは首を縦に振るしかないのを分かりつつ、追い詰められてジャックに言っても仕方がないことを言って困らせた。「お金を貸して欲しい。」ジャックはそれは出来ないと彼女に告げた。ステファニーは言っている自分より何倍もジャックが辛いことが分かって、ある日突如彼の前から姿を消した。
その後、父の会社は、都心にあった社屋を売り払い、拠点を自分のふるさとにほど近い田舎町に移し、規模を縮小して着実に負債を減らす方向でやり直しをはかっている。ステファニーはもともと別の会社の企画営業の仕事をしていたので、その手腕を活かし今は父の会社で、自社に協力してくれるようなクライアントを開拓して歩く日々を重ねている。それは簡単なことではなかったけれど、それが、ジャックを苦しめた自分なりの償いだと思うことで力を振り絞っていた。「結婚、しなかったのか。」ジャックがタバコの灰をトントンと灰皿に落とす。「してないよ。だってそれじゃあ、反則でしょう?」「反則?」「そんな楽して解決しちゃ、いけないことだったのよ。」「楽とか、そういうんじゃないだろ。好きでもないヤツと結婚するのは。ごめんな。あの時は。」「ジャックは何にも悪くない。私があの時、言うことを間違えたよね。『お金を貸して欲しい』じゃなくて、『ジャック助けて』だけで良かった。」「ステフ・・・。おれも、おやじさんの会社なんか潰してしまえ、で良かったんだ。お前が会社をなんとか立て直す手立てを必死に考えてるのを見てたら、どうにか助けてやりたい、そればかり考えて、袋小路に入ってしまった。上司に何度も掛け合ったけど融資は許可が下りなくて、お前に一番してやりたいはずの資金調達が出来ない。致命的に情けないって思ったよ。」「ジャックは十分やってくれてた。私が素直じゃなかった。自分に出来ないことを無理にやろうとしていた。」ステファニーは目線を落とした。「ステフはやれば大抵のことが出来てしまうからな。それが良いような悪いような、だな。」ジャックはダニエルが出した料理の皿を軽く会釈して受け取り、タバコを灰皿で押し消した。

by kigaruni_eokaku | 2019-01-08 22:10 | 物語 | Comments(0)
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「うん・・・。そうらしいんだ。まだキチッとは決まってないみたいだけど。」だんだんと声が小さくなるバート。「そんな・・・。」アリッサはそれだけ言うのがやっとだった。(折角、お互いの気持ちが通じたのに・・。)「ごめんね。どこへ行ってもちゃんと連絡するし、元気出して、アリッサ。」ポンポンと頭を撫でるけど、くるりと背中を向けると「早く帰らないと、ピエロさんに、怒られるよ。」半泣きの声でそう言われて、「そうだね。じゃあ・・・。」バートが行こうとしたら「やだ。帰らないで。・・私、何、言ってるんだろう。」バートはアリッサの気持ちを考えたら、とても切ない心持ちなっていた。「そうだ。ねぇ、アリッサ、お願いがある。」「・・・何?」「ワンダーランドサーカスのみんなの衣装のデザインをして欲しい。」「えっ?衣装の?」背中を向けていたアリッサが真っ赤な目のままだけど、バートの方に振り返る。「世界で活躍するファッションデザイナーを目指しているアリッサには小さなお仕事の依頼で悪いけど。」「ううん・・・。違う。お父さんもバートも、間違ってる。」「どういうこと?」「私がなりたいのは、世界とか、そういうんじゃなくて、自分の近くにいる普通の人たちが私の作った服を着て少し幸せになれるような、そんなファッションデザイナーになりたいの。学校のダンス部の友達のユニフォームとかを頼まれて、考えてあげたりしてるの。」バートはぱあっと明るい顔になり、「すごいじゃないか!!世界よりすごい。ね、考えてみてくれない?全員の分じゃなくていいから。アリッサなりに考えてみて。」「ありがとう・・。うん。やってみる・・。」バートはアリッサの目をしっかりと見て「君なら、きっと素敵なのができるよ。頑張って。今日、アリッサの思い描く未来に確実につながる“明日”を作るんだよ。」「“明日”を、作る?」「そう。明日、どうなっていたい?今日よりちょっと良い自分でいたいって思わない?」「うん。」「夢である、ファッションデザイナーになる為に、今日は何をする?何を考える?」バートが微笑む。続けて「僕は、今日より沢山の拍手をもらえる、サーカスのスターになる。その未来のための“明日”を“今日”作る。理想の未来には一足飛びには行けないけど、それがどんな所かは分かってる。行き方も分かってる。そこへ行くチケットは皆持ってる。魔法でも、奇跡でもない自分の努力でできた確実にたどり着ける“明日のチケット”だよ。僕はそう、思ってる。その、お金で買えないチケットを、使えるかどうかは自分次第だけどね。」アリッサの目から涙は消えてバートの言葉にゆっくりとうなづいていた。バートもうなづいて「お互いに頑張ろうね。」バートはアリッサから、バス停の場所を聞くと階段を降りて行った。その背中を見て立ち尽くしていたアリッサが「バート!」駆け降りて「私、頑張るから!バートを驚かせるから!」もういくらか歩いていたバートは彼女の声に振り返ると、走って戻って一瞬アリッサを抱きしめて「やっぱり家系みたい。嬉しいとこうなっちゃう。じゃあね!」軽やかな足取りで橋を渡って、やがて街路樹の向こうにその姿は見えなくなった。アリッサは胸のあたりで広げた両手のひらを大事なものを受け取る時のようなカタチにして、自分の夢に続く明日のチケットがそこにあるかのように握りしめた。

翌日の昼時、ダニエルの店では店主のダニエルと、おかみさんが店の掃除をしていた。「ウエンディ!」20代半ばくらいに女性が入り口からひょいとおかみさんに声をかけた。「え?ステファニー!?久しぶりねー。髪型変わって見違えちゃった。元気にしていたの?」「ええ。元気よ。ダニエルとウエンディも元気だった?」ダニエルが髭面の顔をくしゃっとさせて笑い「俺たちは、美味しい酒を飲んで、みんなの笑い顔見ているからいつも元気さ。ははは。何か食ってくか。」「え?いいの?ランチやってないんでしょう?」「やってないだけで、食材はあるから。さぁ、さぁ、入れ。」「ありがとう。」ステファニーがカウンター席に慣れた様子で腰を下ろして「ジャックは、どう?飲みすぎてない?」ウエンディが「うん。最近はちゃんと歩いて帰れるくらいで、飲むのをやめてるから。」苦笑い。「それにこの頃はこれよ。」ミカエルの高い飴を指差す。いつぞやソフィアにあげていた方の、宝石みたいなセロファンに包まれた方のキャンディ袋が、二人の目の前にあった。その値段を見て「高っ!」ステファニーが驚きに思わず大きく開けてしまった口を左手で押さえる。「綺麗だけど、すっごい高いわね。こんなお菓子をジャックが?」「うん。タバコ吸えない所に仕事で行った時の口寂しさにたまに買ってるわね。最初は酷く酔ってた夜に買ってって、ボンヤリお会計済ませてったもんだから、朝起きたら財布の中身が減ってる!って、驚いたらしくて、朝っぱらから、叩き起こされて『おれ、昨日何飲んだ!?』って。」ウエンディが楽しそうに吹き出して笑う。「相変わらずね。」ステファニーの方は少し寂しげに笑った。

by kigaruni_eokaku | 2019-01-06 15:56 | 物語 | Comments(0)

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