旅行パンフレットは楽しい
実は動いている人たちも
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明日のチケット(第177話)
すぐに曲が始まり、イントロが終わると、マーメイドが唄い始めた。まるでアンコールでも用意していたのかと、団員達が思うほどに歌詞はぴったりとハマっていた。「なんだ〜?この曲に歌詞なんてあったのか!?」アンリがバートの肘をコンコンしながら言う。「聞いたことないよ。あったの?」「ハイ!みんな、ダンシング!」マーメイドが2拍ほどの休みに早口で言う。団員たちも驚きの素の表情から、苦笑いした後、演技者の顔になり、マーメイドの動きを真似てゆるく踊りだした。どういうわけか、マーメイドの唄う歌詞は全てメロディにピタリと合って、ワンダーランドサーカスを歌った内容も、ちゃんとしていて、新衣装お披露目公演は大盛況で幕を降ろした。終演後、ジムはマーメイドに走り寄って、大絶賛。「マーメイド!ありがとう!どうしたんだ!あの歌詞は。あの曲に歌詞なんてないのに。」「ああ、あれ?私が考えたの。ずっと前からお洗濯の時、練習の時、歌ってる。」「なんだなんだ!そりゃすごいぞ!いやーありがとう!おかげで良いフィナーレになった!」「そう?良かったわ。盛り上がったでしょう?」得意げに顔の周りのフリルをを揺らして笑った。同じ時に、バートはもちろんアリッサのところに飛んで行った。「ど、どうしてここへ!?」「団長さんと、アンバーさんの計らいなの。」「誰が知っていたの?」驚きっぱなしで矢継ぎ早に聞く。「団長さん夫妻とピエロさん。」「へっ!?他は。」「誰も。」アリッサが首を振る。「びっくりしたよー、まさかアリッサが来るなんて。」バートはやっと状況が飲み込め、深呼吸。「びっくりしてくれた?なら、良かった。秘密にして。」ふふっとアリッサが可愛く笑うのを目の前にあっけにとられながら、「それにしても堂々とした姿にも感心した。緊張しなかった?」「したよ、もちろん!出る前にピエロさんから何度もポーズを教えてもらって、直してもらって。最後は、大スターになったつもりで自信を持って!って言われて。」今度は照れ臭そうに笑う。「本当に驚いたんだ。まるでずっとここにいる人みたいだった。」バートは真顔で目を丸くした。アリッサは吹き出して「えっ!?そんなわけないじゃない。でも、・・・すごく不思議な気持ち。まだフワフワドキドキしてる。クセになっちゃうかも。」「え?」「嘘嘘、冗談。」出会った時からずっと、穏やかでおとなしい印象のアリッサが、お客さんの前で華麗な様子で喝采を浴びた。アンバーさんがご褒美に用意してくれた衣装も映えて美しく、バートはしばらく黙ってその姿に見とれる格好になっていた。「私ね・・・、」アリッサがどちらかと言うといつもの落ち着いた様子になってポツポツ話し始めた。「私、人前で、自分から何かするなんて、あり得ないってずっと思ってた。何も自信ないし。自分の気持ちを上手に言えないし。アーサーのことだってそう。好意持っていたけど、気持ちを伝えることはないって思ってたし。それが、たまたま彼がみんなでお喋りしてる時に、サーカスを見に行きたいって話して、それに、一言『良いね』、って言った私の声が、よく通ってしまって。なら、一緒に行こう!って誘われて。うれしいより、驚いて。」バートは黙って頷いてアリッサの話の続きを待った。「・・・彼が本当はどんな子か、あんまりまだ分かってなくて。みんなの前の明るくて、優しくて、勉強が出来て人気があって・・・ってそんな姿に憧れて。けど、それはちょっと違ってた。」「違ってた?」「うん・・・。彼が良く見られたい人たちの前で、そういう人を演じていたんだって、思った。私のことは何とも思ってないから、特に良く見られなくても良いからかな、二人きりでいたら、無愛想で、なんかイライラしてた・・・。私が好きになった彼とは違ってた。」「そっかー。きっとどっちも本当の彼なんだよ。でも、もしかしたら実は彼はアリッサに気兼ねなく振る舞えるから、無愛想に感じたのかもしれないよ。他の人の前では良い人ぶっていただけで。」アリッサは首を傾げてしばらく考え込むような表情をしてから「そんなことないわ。」小さい声で言った。「アーサーの明るくて良い人の面は、どこか無理していたのかもしれないよ。彼自身も知らず知らずのうちに。アリッサが気づかなかっただけで。アリッサにはそういう自分を演じなくて自然体だったのかも。それって結構アーサーの方も、アリッサに好印象があったってことじゃないかな。」釈然としない顔のアリッサにバートが少し声のトーンを上げて「とはいえ!僕が街で見かけた、君じゃない女の子と二人で楽しそうにしていた姿を思い返すと、ただの調子がいい男かもしれない・・・とも思う。」「うん。そっちだよ。絶対。」アリッサが吹っ切ったように言った。「だ、ね。アリッサ、夕ご飯、一緒に食べよう。何が良い?」バートが声を弾ませた。