共有スペースに、ジムがレンタルして来た、大きなテレビが置かれて、スイッチがつけられて音声が小さめに出されて、今はCMが流れている。自室で見る以外の半分くらいの団員がひしめいて座っていた。みんな一様に緊張した面持ちで黙っている。「私、綺麗に映ってるかしら。」沈黙を破ったのはマーメイド。アゴをクッとあげて、美女が気取る表情で、目線をねっとり左右に動かした。ケビンがちろりとマーメイドを見てから、又テレビの方を向いて、「きっと、画面いっぱいに美しく映ってるよ。マダ〜ム。」肩をすくめた。「当然よね。」マーメイドはケビンの皮肉めいた言い方も意に介さず、得意げに自慢の髪のウェーブに手を当てた。長いCMが明けると、見慣れたワンダーランドサーカスのテントが映し出された。みんな食い入るように見つめていた。画面が切り替わり、モールの高い所から撮影したらしき、俯瞰で撮影された映像に変わり、音楽が入った。ホルストの組曲惑星から、木星の冒頭、弦楽器がキラキラと華々しく流れる中、団員たちの本番に向けての練習での真剣な眼差と、鮮やかな身のこなし、そして本番で拍手を浴びている様子、出番前のバックステージの仄暗い場所で打ち合わせる姿、光と影が次々と印象的に刻まれていく。やがて音楽が少し下がると落ち着いた低めの声の女性アナウンサーのナレーションが語り始める。《私たちの心を魅了する、サーカスの非日常の華やかで巧みな演技。 その裏には、常に最高にパフォーマンスを発揮するために日々己を研ぎ上げる団員たちの真摯な姿があります。》音楽が消えて映像がホワイトアウトする。静かなピアノ曲がかすかに流れ、机の上で開かれる古いアルバム。四人家族が写っている。明るく調子の良さそうな父親、細身のキリッとした美人の母親、丸顔でゆるいカーブのかかった髪、目がくりっとした少女、宗教画の天使のように髪がクルクルと強い癖っ毛の小さな男の子。《ワンダーランドサーカスは、現在の団長、ジム・ポートランス氏の父親である、マーク・ポートランス氏が創設しました。動物と演技者の小さな集団だったものを、地道に人材育成を重ね、動物たちを集めて、現在のサーカスへと成長させました。マークには二人の子供たち、長女のローズ、長男のジム。》ナレーターの声がそこまで語ると、カメラはアルバムの中の二人の子供にズームする。「娘のローズは、いつまでたっても、いくら練習しても逆立ちも玉乗りも出来ない。いやはやー困ったね。あの時は。」画面に映っているのは写真のまま、そう冗談ぽく語る声の主はマークだった。画面が切り替わり、今いる南の島の海辺のウッドデッキでディレクターチェアに腰掛けたマークが現れた。「娘を団員にすることは、じきに諦めたよ。そのかわり、彼女は頭が良くてね。学校の先生なりたいっていうから、進学させた。弟のジムは、正直ずば抜けた才能は無くて地味な子だったけど、動物の扱いが幼い時から自然で、見てるとこちらまで和む感じでね。他の演技も、よく練習させてやれば、どうにかできるようになって行く、そんな子だったもんで、意外とこいつはものになるかもしれないなって。」マークが息子の幼い時を思い出して優しく笑った。