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カテゴリ:物語( 32 )

空が淡いピンク色や、紫色に、刻々と変わっていく夕方のひと時、町も優しい色に染まる頃、サーカスにはそろそろお客さんの賑わいが出始めていた。ジムはメアリーに、チケットを渡し、「バートが、今日、初めてお客さんの前でパフォーマンスをします。しっかり見てやってください。それから・・・込み入った話は、どうか明日にしてやってくれませんか。」穏やかにそう言うと「はい。分かりました。」メアリーにはジムがバートの大切な1日が宝物になるようにとの配慮の気持ちがとても伝わった。と、裏口の方から走り出して来たバートが「母さん!来てくれてありがとう。団長と挨拶出来た?」元気な声で嬉しそうに。「え、ええ。ちゃんとご挨拶したわよ。」「緊張して来たよ〜。でもみんなにいっぱい教えてもらったから、成功間違いなし!乞うご期待!なんて。」いたずらっぽく笑うバートに「はいはい。楽しみにしていますよ。皆さんのためにもしっかりやりなさい。」メアリーはうるんだ目で我が子を見る。バートは不思議そうな顔をして、「母さん?泣いてるの?この間帰省した時もなんか、ちょっと様子がいつもと違うような気がして気になっていたんだけど。」「何でもないわ。泣いてないわよ。バートの晴れの日なのに。でも、嬉しくて涙が出ちゃうのかもね。」「ありがとう。母さん。そんなに喜んでくれて。父さんも母さんも・・・、本当は僕に大学に行って欲しかったんでしょ?それなのに・・・自分の好きなようにして、ごめん。」メアリーは涙をハンカチでそっと押さえたら笑って「反対したって、あなたはきっとサーカスに行っていたでしょう?」クスッと笑ったバートが「そうかもね。じゃあ、準備もあるし、そろそろ行くね。後でね!」駆け出して行った。やわらかい茶色のくせっ毛が弾む。ジムとよく似ている。笑うと屈託なく、誰の心も優しくさせるのは、ケイトによく似ている。(私が育てたって、やはりあのお二人の子供だ。)メアリーは認めざるを得ない現実と、その可愛い息子を19年に渡り側に置いてしまったことに、ジムとケイト夫妻は寛大な意を示してくださったけれど、やはり罪悪感とともに心からの謝意を感じていた。

ソフィアは開場されたテントのそばで、いつもにようにポップコーンの屋台を準備していた。バートの売っているキャンディーの屋台は助っ人にダンの中学一年の息子、ティムが手伝ってくれていた。ソフィアがバタバタと、立ったり座ったりしながら、材料や入れ物をセッティングしていると、ティムが「ソフィア、お客さんだよ。」気づかずにいたので教えてくれた。「あ、ごめんなさい!いらっしゃいませ。」顔を上げると、「あ、ジャック。この間は・・・。」「ああ、ごめんね。色々言っちゃって。」ジャックの方が恐縮して「いえ・・・。あのお借りしていたハンカチ。」ソフィアが、ジャックに会ったら渡そうと持っていたハンカチをウエストポーチから出して渡した。洗ってかわいい袋に入れてあった。「ありがとう。別にいいのに。」「いいえ。そういうわけには。あの!私、サーカスでまたパフォーマンスをやってみようって、決めました。ま、みんながいいと言ってくれたらですが。」ソフィアは照れ臭そうにしてから明るく笑った。ジャックは喜んで「そうか!それはいい事だ。誰か反対する奴がいたらおれに言ってくれ。説得してやるから。」そう言うと大笑いして、「頑張って。期待してるから。あ〜そうだ、チケット売り場はどこ?」「えっ?見られるんですか?」「ああ。今日はバートのデビュー戦だろう?絶対観なきゃな。」「バート、喜びますよ。チケット売り場は、あの、今、お客さんが立っていて見えにくいけど、右手のあの小屋です。」ソフィアが指差すと、「了解。ありがとう。じゃあ、またね。」ソフィアは軽く会釈をして、ジャックを見送った後、そのままその後ろ姿を見ていた。横にいたティムが「ソフィア、え?あの人のことが好きなの?」からかうと「なぁに、生意気言ってんの。違うわよ。」そう言ったけれど、ティムは聞く耳持たず「バートの商品の恋が叶うキャンディー、一個買えば?叶うかもよ。少しでも多く売れたら、僕のお小遣いも増えるし。」(恋が叶うキャンディーか・・・。)心の中でソフィアがつぶやいて、しばし考え、「あ!」突拍子も無い声を上げるとティムが「何だよ!?驚いたなーもう。」何か気づいたような顔をしたソフィアに、ティムはニヤニヤして「どうしたの?買う気になってくれた?」ソフィアはニコッと笑って「要らない。」(だって、もう食べたもの!)先日、思わず泣いてしまった自分への慰めに、ジャックがくれた飴は、バートのキャンディーと同じミカエルさんの飴。恋が叶う飴だから。黙ってニコニコしているソフィアに、「思い出し笑いって、ちょっと不気味だよ、ソフィアー。」ティムが肩をすくめて、自分のキャンディーの屋台の方に戻って行った。


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by kigaruni_eokaku | 2018-10-18 20:07 | 物語 | Comments(0)
b0314689_07244859.jpegケイトはジムに説き伏せられて、メアリーの居る場所に行った。メアリーはテントの中に座って見ているのではなく、中には入らず、テントの入り口近くの隙間からバートの練習を心配そうに見ていた。音楽がかかっていて、先輩からの注意の声が度々飛ぶ。ハラハラした様子で、眉間にシワを寄せたり、あっと口を開けたりしながら。その姿にケイトは自らジムから離れて、メアリーの側へ歩いて行き静かに話しかけた。「話は主人から聞きました。」「奥様!」中の様子に集中していたメアリーは驚いて、ケイトに向き直り「お詫びのしようもありません。・・・本当に・・・申し訳ありません。」しっかりとケイトの目を見て謝罪して深く頭を下げるメアリーに「どうしてあんなむごいことが出来たのですか?主人の話ではあなたもお子さんを亡くされたことがあるんですよね?それなら、誰よりも子を奪われた母親の気持ちが分かるはずだと思いますが。」ケイトの目に溢れている涙にメアリーは「おっしゃる通り・・・子供を失うことは・・・どんな事よりも、辛くて悲しい事です。私は愚かにもその悲しみに耐えられず、あなたと団長さんのお子さんを奪ってしまいました・・・。つぐない方が分からない程の大罪です。団長さんと奥様が私を存分に裁いてください。」覚悟をして強く瞼を閉じるとメアリーの頬を大粒の涙が伝う。ケイトは首を横に振りながら、「私にだってあなたが犯した罪の裁き方など、分かるものですか!あなたを警察に突き出したって、裁判で吊るしあげたって、19年前に戻るわけでもあの時の悲しみが消えるわけでもないんだから!」叫んだケイトにメアリーは一層辛そうな顔をした。「あの日・・・私は、数日、夜中に起きては泣くことが多かったアレックスを心配して寝不足気味だった。娘は一番活発な年頃で、周囲を確かめずに走り回ったり遊んだりしていて、怪我をしやしないかと気が気でなく、普通ならしないことを、・・・少しなら良いだろうと赤ん坊から目を話離すという誤った判断をしてしまいました。アレックスがいなくなり、自分を責め続けて泣いて、ジムを困らせて・・・。あなたが息子を連れ去らずとも、目を離した隙に、何か問題を起こして命を落としたり怪我をすることだってある。ああ、なんてことをしてしまったのかと、死んでしまいたいくらい辛かった。だからあなたの気持ちも分かります。本当に辛かったから。でもジムの支えもあり、娘のためにも生きなくてはと思い直しました。」メアリーは自分のした事がどれだけケイトを苦しめたかを全身で感じて、その場に崩れるように座って、顔を覆い声を上げて泣いた。
そんなメアリーを見てケイトは同じように彼女のそばに腰を落とし肩を持って「でも、バートはここに来た時から、誰にでも親切で、勿論私たちのことも、いつもまるで自分の両親のように気遣ってくれて。少しでも暗い顔をしていたら、笑わせてくれたり、自ら元気に振舞って支えてくれているようでした。なんて優しい子なんだろうと胸がきゅうっとなって涙がこみ上げるような気持ちになる事が何度もありました。あの子がそんな良い子に育ったのは、あなたがあの時残したメモの通りに大切に育ててくれたからだと・・・思って・・・。」ケイトは声を詰まらせた。続けて「あなたが私からあの子を奪ったことは一生許せないかもしれないけれど、あなたが、大切に思いやりある子に育ててくれたことには、感謝せずにはいられないと、思いました。今、あなたがあの子を見ていた目は私と同じです。あの子のことを私に返しに来てくださったこと・・・、いっそ自分の命の限り黙っていることも出来たことを、あんなに素晴らしい息子に育ったあの子を手放してもいいと思ってくださったこと、よく決心してくださいました。裁きはそれで十分です。」メアリーの肩をケイトが優しく撫でた。

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by kigaruni_eokaku | 2018-10-15 18:28 | 物語 | Comments(0)
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メアリーの涙が床に落ちた。声を震わせつつ「私はフラフラと街へ出て、子供とよく来ていた公園で、すぐそばの子どもたちが発している楽しげな声を、まるで別世界のように遠くに聞きながら森の方へと行くと、赤ちゃんの泣き声がしました。私は発作的に走り出して声のする方へ行っていて・・・。草をかき分けて、気付けば・・、あなた方のお子さんのいる部屋にいました。ちょうど私の子供と同じくらいの赤ん坊が、目の前でむずがって泣いていました。そっと抱き上げると、懐かしい香りがして、泣き止んで私に身を預けるその子にたまらなくなり、メモを残し・・・連れて行きました。」ジムは深いため息をつき、「何てことだ・・・。」メアリーは続けて、「おじは、私が赤ん坊を連れ帰ると、そんな事をしてどうするんだと動揺して、私を叱りつけ、早く元の場所に返して謝罪しなさいと言っていましたが、泣きくれていた私が子供を絶対に離せないとおじには引き渡さないと、もし私から奪うなら死ぬと言い続けていたら、黙ってしまい、警察と役場の人に自分の医院に来た、身元不明の外国人が病気の子供を置き去りにしたので、姪の子として籍を入れたいと嘘をついてこっそりと養子にしてくれました。・・そんな事をしたっていつかは遅かれ早かれ夫にばれてしまうのはわかっていましたが・・・。」「それで、御主人は、ご存知なのですか?」メアリーは首を横に振ってから「いいえ、まだ、知りません・・今回、こちらに来させて頂くにあたり、主人に真実を書いた手紙と離婚届を残しました。団長さん、どうか、私を警察に引き渡すなり、裁判を起こされるなり、そちらの良いようになさってください。なんでもおっしゃる通りに致します。」ジムはメアリーの覚悟をしっかりと感じながら、「つまりは、あなたが連れて行って育てたのが、我々の息子だと、そうおっしゃるわけですね?と、と、いうことは、それは、バート、ですよね?」ジムは立ち上がってウロウロとして、くせ毛の髪をかき回し、「あの子が、私たちの息子、ということですか?!」「はい・・・。そうです。」「何と言っていいのか。・・・ずっと思っていました。子どもを連れ去った犯人に会えたら、我々の怒りと悲しみを全部ぶつけたいと心の中だけですが、よく思っていました。」メアリーは頷いて「当然だと思います。どうぞ、そうなさってください。」ジムは座り直し、「だけど、どうだろう、今、私は、そんな事より、バートが、みんなに愛される良い青年になっていて、私も可愛くてしょうがないと思っていて、生きて会えただけでなく、サーカスでパフォーマンスをしたいと、やって来た、賢くてまっすぐなあの青年が、自分の息子だったことに、よかった、って思っています。私たちはあの日からものすごく苦しんだのです。団員の前では見せないようにしていました。本当に姉の所にアレックスがいるつもりで暮らすことに徐々に慣れて行きましたが、長女のディアナは、私たちに気を遣って、子供らしい明るさにどこか影があったりもしましたし。心配もしました。次女のソフィアが生まれ、ディアナは自然な明るさを取り戻して、一生懸命世話をしてくれました。私たちは、そうして暮らして来ました。あなたが連れて行かなければ、そこにアレックスもいたでしょう。だけど、いなかった。」「はい。」「あなたは、私たちからアレックスを奪ったけれど、バートという素晴らしい息子にして返してくれた。ここに来たいという息子を来させない選択も出来ました。でも来させてくれた。なぜですか。」「あの子が先日帰って来た時に、ガラス細工のオルゴールをお土産にくれました。それを見たときに、もうこれ以上このままにはできないと、思いました。赤ん坊のあの子が寝ていたベッドによく似たオルゴールがあった事を思い出したのです。私はオルゴールに犯した罪を責められました。」「グリーンさんのオルゴールですね。」今はディアナの娘、サラの所にある。「小学生の頃に、私は連れて行く事をためらったのですが、主人が行こうと出掛けて、サーカスを見た時にあの子が目をキラキラさせて、『僕もあんな風になりたい!サーカスに入りたい』と言った時には愕然としました。これは血が導く運命だと。恐ろしく、なりました。その時点であの子をお返しすべきだったのに、私はあの子が愛しくて愛しくてできませんでした。何も知らない主人は、幼い子の一時的な憧れだと本気にしていませんでしたし、教育熱心でしたから、キチンと高校を出たら好きにしなさいとずっとあの子に言っていました。そうして延ばし延ばしにして来たけれど、バートが高校を出て、サーカスに入る時にはきっと別れなくてはならないと覚悟していました。長い間申し訳ありませんでした。」メアリーは深々と頭を下げると、また後から後から涙が込み上げて来ていました。
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by kigaruni_eokaku | 2018-10-09 23:27 | 物語 | Comments(0)
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集まった団員達の前に立ち、ジムは「アレックスのことは全力で探したいが、それではいつも居なくなった子供を探している不幸な親のいるサーカスだと宣伝していることになる。そんなサーカスの興行を誰が楽しめる?楽しめるわけがない。アレックスがいたベビーベッドに【大切に育てます】という・・・メッセージが置かれていた」「えっ・・。」「どこの誰がそんな事を・・・。」団員達がざわつく。ジムが軽く片手を上げてみんなを制止して「息子はどこかで・・大切に育んでもらっていると信じようと思う。私の姉は子供に恵まれなかったので、姉の所に・・・アレックスを預けていると、考えることにしようと思っている。どうか、みんなもそう思ってくれないか。ケイトもね。」団員の女性が、ケイトの肩を抱く。ケイトはジムがどのくらい辛いか、そのどうしようもない気持ちの中で、覚悟を決めてこの話をしているのがわかったので、彼の決心について行こうと、アレックスは元気にしていると信じようと自分の心を強めた。幼いディアナにも「ディアナ、アレックスはローズおばさんの所に居るんだよ。」そう言って抱きしめた。ディアナは黙ってこくりと頷いた。団員達は、ジムの意向を尊重して、今後の興行や生活をしようと一致した。「さぁ、今日も、観に来てくださるお客さんに楽しんでもらえるように、全力で頑張ろう。動物達も皆、張り切っているぞ。時間を取って悪かった。いつもの段取りに戻ってくれ。ありがとう。」ジムの掛け声に、みんなはテントに残る者、外へ出る者、動物の世話に行く者、いつもの動きに戻り、ケイトはディアナの手を引いて、ジムの側に来て、「あなた、ありがとうございます。私にも、あなたを支えさせてください。私も強くなりますから。」ジムは芯のある明るい笑みになって、優しく、「ケイト、ありがとう。愛しているよ。ディアナ、お前もね。おいで。」ディアナをひょいと抱き上げてぎゅうっと抱きしめるとディアナも父親にぴったりとくっついて、「パパ、大好き。」頰にキスをした。「いい子だ。アレックスは元気にしているから心配しなくていいよ。」「うん。わかってる。」ディアナは幼いなりに両親の気持ちを汲もうとしていた。

ジムは当時の自分たちの事を話すと目を潤ませていた。バートの母、メアリーは苦悩の表情で涙を浮かべていた。「あなたはあの日の事を、何か知っているのですか?」ジムが尋ねると、「はい。団長さん、お話しします。当時の私たち夫婦には、中々子供が出来なかったのに、やっと初めて妊娠した子供は、流産してしまいました。それから、数年後にやっと二人目の子供を授かりました。仕事で赴任先を転々として、自宅には中々帰れない夫が心配して、私は自分の故郷、ノースフローラで出産と産後を過ごすことにしました。おじが、ノースフローラで小さな医院をしていましたし、慎重に経過を見守ってくれて、無事出産しました。男の子でした。出産した時には夫も駆けつけてくれて大変喜んでくれました。けれど、その子供が10ヶ月過ぎたくらいで、ある日突然、朝起きたら、息をしていませんでした。前の夜はどこも変わった様子はなく、なぜそんなことになったのか・・・医師であるおじも首をひねるばかりでした。夫にどう告げて良いか分からず、途方に暮れていた私を見て、おじは子供をひっそりと弔い、埋葬してくれました。何も手につかず幾日も過ぎて行きました。そして、私が出した結論は真実を夫に伝えて、子供達と同じ所に行くことでした。」メアリー涙が床に落ちた。

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by kigaruni_eokaku | 2018-10-08 18:26 | 物語 | Comments(0)
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「アレックスがいない?!いなくなったって、アレックスはまだ歩けないんだぞ。」ジムは倒れそうになるケイトの両肩を持って支える。ジムとケイト夫婦には当時、長女のディアナの次に生まれた長男アレックスが1歳を迎えたところだった。ケイトは頭を抱えて座り込んでしまい、「私が、目を離したのが悪いの!」泣き続けた。「落ち着くんだ、ケイト。団員みんなにちゃんと聞いてみなきゃ。誰かが面倒を見ているかもしれないだろう。」ジムはケイトのそばで心配そうに見ていたディアナとマックスに「ケイトを頼む。」そう言って、テントを出て、当時の団員一人一人に尋ねて回ったが、残念ながら、誰もアレックスの事を見ていた者は居なかった。ジムは絶望的な気持ちに苛まれたけれど、妻を支えなければいけないのにそんなことでどうするんだと自分を奮い立たせ、テントに帰ってきて「ケイト、しっかりして。とにかく、一度部屋に戻って体を休めて。さ。一緒に行こう。」優しくそう言って、泣きじゃくるケイトを連れて自分たちの部屋に戻ったが、やはりアレックスの姿はなく、ベビーベッドは空っぽだった。ジムはベビーベッドの中のさっきまでアレックスがかけていたキルトを見つめると涙が出そうになるのをこらえながら何となく枕元のオルゴールをそっと持ち上げると、パサリと紙切れが落ちた。《大切に育てます ごめんなさい 》それだけ書かれたメモだった。「何だ・・・、これは・・・。」ケイトがジムの呟きに「どうしたの?」横になっていたソファーから起き上がり側に来た。「ケイト・・・。これ・・・。」ケイトに見せると「はぁっ!」両手を口に当てて震える。「誰かが・・・、アレックスを連れ去った・・・のか・・・。」ジムはがくりとこうべを垂れた。ケイトが床に座り、大声で「ごめんなさい!ジム!ごめんなさい!私が、私が、一時でも目を離しさえしなければ、アレックスはこんなことにはならなかったのに、ごめんなさい。何度謝ったって足りないのは分かっているけど、ごめんなさい!あああー!」激しく泣き崩れた。「ケイト、そんなことは言わなくていいから。お前のせいじゃない。」彼女を抱きしめても、震えは止まらない。「大丈夫、きっと大丈夫だから。アレックスは。」ケイトは首を横に振って、ただ泣き続た。ジムはメモを見つめ、(大切に育てます・・・)心の中でもう一度読んだ。「ケイト・・・、横になって。」支えながら、ベッドに連れて行き、横にならせると、ジムは穏やかな声で「あのね、紙には、大切に育てますと書いてあるんだ。私たちのアレックスを、大切に・・・育てると・・。」ジムは涙が出そうになるのを我慢して声がちょっと変わる。「ジム・・・。」ケイトは夫の手を握り、一緒に涙を流し、「どこかで、元気に、している・・って、こと・・・?」声を絞り出し、そう言うとジムも「ああ、そう、そうだ・・・。」妻の言葉にかすかに笑みを浮かべようとしていた。
二人のところに、マックスと、もう一人の先輩ピエロのゴードンが一緒にやって来て、「団長、早く警察に届けましょう。みんなも町に貼り紙したりして、手分けして探すって言ってます。」そう言ったが、ジムは首を横に振った。「警察には届けるが、町の人には知らせないでくれ。」ゴードンが団長に詰め寄り「団長、なぜ!?」「・・・せっかくのサーカスの興行が台無しになる。この町の皆さんは我々がやって来るのを楽しみにしていてくれたんだから。」ジムはある大きな決心をしていた。

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by kigaruni_eokaku | 2018-10-04 21:06 | 物語 | Comments(0)
b0314689_21471982.jpeg数日が過ぎて、バートの母親が団長に挨拶にやってくる日が来た。夜公演を見る予定の母親は、それには随分と早い時間にサーカスに到着した。入り口で掃除をしていた居た数人の団員の中にソフィアとディアナがいた。「すみません。」ディアナが近くにいたので「はい、何か。」応対すると「バートの母のメアリー・フォックスです。皆さんにはいつもお世話になって。ありがとうございます。団長さんはいらっしゃいますか。」「えっ!バートのお母さん?」横からソフィアも。ディアナがソフィアをちょっとたしなめるそぶりをしてから、「はい。おります。ご案内します。私たちの方こそ、バートにはお世話になってますよ、いつも。父が、お母様にお会いできるのを大変楽しみにしておりました。どうぞ、こちらです。」ソフィアにホウキを渡すと、ディアナはバートの母親と団長の部屋の方へ歩いて行った。ソフィアが「バートに教えてあげなきゃ!」走り出そうとすると、腕を掴んで、仲間の団員が「ソフィア、バートはただいま特訓中。声かけても無理よ。怒られるわよ。」「あ、そっか。ま、昼休みにでも会えるわね。」「そうそう。頑張ってお母さんの前でいいところ見せなきゃ。」
「お父さん、バートのお母様がいらしたわよ。」「失礼します。」母親は団長の部屋に。「ああーどうも。ようこそ。わざわざお越し頂いて、ありがとうございます。」団長は明るい笑顔と大きな声で迎えた。対照的に、バートの母親は神妙な面持ちで、時折微笑するといった様子だった。「バートが大変お世話になっております。ありがとうございます。」母親が深々と頭を下げると、団長はニッコリして「本当によく頑張っていますよ。細かい事に気がついて、真面目で明るい。私がいつも元気をもらっています。」母親はホッとした表情をしながらも恐縮した様子でまた頭を下げた。「団長さん・・・。今日は大切なお話があってまいりました。」母親は緊張して声をかすかに震わせながらもしっかりとした口調で「今から19年前、ノースフローラの町に来られましたよね。」団長は、町の名を聞くとその顔から笑みが消える。「ノースフローラ・・。」低い声で母親の言葉を繰り返した。母親は「ノースフローラの町で興行された時に起こったことがありますね。」団長はますます真剣な顔になり、「あなたはどうして、それを・・?」
19年前、ノースフローラという小さいけれど、活気のある町で、サーカスの興行を行なっていた時、団長夫妻は大変な事件の中心人物になった過去があった。ノースフローラでの興行中、団長夫人のケイトは子育て真っ最中だった。長女ディアナは6歳になったばかり。居住スペースの通路を走り回っているのが気にかかる。次に生まれた男の子はまだ1歳。むずがって泣いていた。「ちょっと待っててね。」ケイトは枕元のガラス細工のオルゴールを回して鳴らすとハウスの外で「ディアナ、マックスの所に行こうね。マーックス!」大声をあげるけど、どうやら側にいないようでマックスの返事はない。「仕方ないわね。ディアナ、おいで。」手を取ると足早にテントの方へ行く。入り口でマックスが板に乗ってジャグリングの練習をしていた。「マックス、悪いけれど、少しの間、ディアナを見ていてくれない?」マックスは板から降り、ボールを全てキャッチすると、「オッケー。ディアナ、行こうね。こっちおいで。」「うん。」テントの中に入って行った。
ケイトは慌てて部屋に戻ると、泣き声がやんでいた。「ただいま。あら、泣き止んだの?良い子ね。お待たせ。」ベビーベッドを覗きこむけれど、息子はいない。「えっ?アレックス!?」ケイトは動転する気持ちを抑えて外へ出て、居住スペースの通路を見てまわる。(泣いていたから誰かがあやしてくれてるんだ、そうだ、きっと。)でも、誰も息子をだっこしているような者はいない。もう一度テントまで行き、中を駆け回り、探すが誰の側にもいない。団長になったばかりのジムが動物たちに演技の練習をさせていたが、妻の様子を見て「どうした、ケイト。」一緒にいた団員に動物を任せるとケイトのところに来た。「ジム、アレックスを、誰かこっちに連れてきてない?」「いいや。なんで?」「アレックスがいないの・・・。」ケイトが堰を切ったように泣き出した。

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by kigaruni_eokaku | 2018-10-03 22:05 | 物語 | Comments(0)
団長の計らいで、バートは厳しくも楽しい特訓の日々が始まった。エディーとマックスが早い時間から付き合ってくれて、少しずつ形になって行く。昼公演のない日はまさにみっちりと教えてくれる。バートとチームを組んで協力してくれるダンとケビンも快く特訓に応じてくれて、トランポリンを使った演技にジャグリングをプラスした構成を考えてくれた。昼をまわったあたりでサーカスに新しい提案をもって、ジャックが来ていた。「もっと丁寧に!それじゃダメだ、もっと腕を伸ばせ!」「バランス崩してるぞ!」大きな声が響いているテントに歩み寄り、中を覗くとバートが一生懸命先輩の指示に繰り返し演技をしていた。「おっ。中々やるじゃないか。あいつ、あんなことできるのか。」独り言を言っていると、「実は、才能あるのよ。バート。」ソフィアが後ろからそう言う。「ああ、ソフィア。こんにちは。この間はお世話になりました。」ジャックが苦笑いする。「ふふふ。今日は、マーメイド、ランチに出てるし、買い物にも行くって言っていたから、安心して。」「はっははは。お会い出来なくて残念だよ。」ジャックはソフィアの後ろにトイプードルがちょこんと座っているのに目をやった。「可愛い子分がいるんだな。」「ああ、この子達?調教してるのよ。すごく賢いから、私は大したことはしていないけど。」「え?君はサーカスには出てないんだよね?」「ええ。でもこれくらいはね。」ちょっとプードル達に二本足で立たせたり、回転させたりするのを、ジャックに見せる。「あのー、おれは素人だから、失礼があったらごめん。この犬たちのショーはだれが担当してるの?」「今はピエロのマックス。団長がやることもあるわ。」「それ、君がやったらどう?」「えっ?私が?」ソフィアは驚いて、持っていた犬のおやつを手から落としてしまう。「空中ブランコとか、トランポリンなんてのは、君の身体に支障があるのかもしれないけど、犬達が主役なら、君の負担は少ないんじゃないのか。」ソフィアは困惑顔のまま、クルトンを撫でている。ジャックは続けて「そもそも可愛い犬に綺麗な女性、の組み合わせの方がプログラムとして、華があるだろう。」ソフィアは深呼吸してから、「クルトン。」プードルの1匹に声をかけると、滑らかに側転して、プードルが上手にソフィアの肩や腕を歩いてストンと着地。「ポテト。」ソフィアが次の子を背中を見せて呼ぶと、ちょんと飛び乗り肩。ソフィアがゆっくり前転すると動きに合わせて一緒に動く。ソフィアが直立する時には、プードルもピョンと降りてきちんと先の犬のとなりに座った。ソフィアは左手、右手と華麗に広げて犬達を引き立てると、あの美しいお辞儀をして見せた。「やっぱりきれいだ!君がやるべきだし、出来るじゃないか!」ジャックが拍手をする「・・・これくらいしか、出来ないの・・・。だから・・。」b0314689_17450529.jpegソフィアがふいにポロポロと涙を流した。「えっ?!なんで、泣くの、ソフィア・・・。ごめん、ごめんねー。そんなつもりじゃなかったんだ。泣かないで。」普段は活発で明るいソフィアを泣かせてしまい、ジャックは彼女の本当の心の傷を知ってしまった気がした。しゃがんで顔を覆うソフィアと同じようにしゃがみ、ポケットからハンカチを出して「おれが本っ当に悪かった。ゴメン。でもね、君は、出来ないことじゃなく、出来ることに目を向けなきゃ、勿体ない。君は、誰もが持てるわけじゃない、人の心を魅了する、惹きつける、力を持ってるんだよ。ソフィア。」ジャックは、真剣にそう言った。ソフィアは涙が一杯の目で顔を上げた。ジャックは、頰の涙を拭いてやり、「あ、そうだ、」と振り返りカバンをゴソゴソして、「これ、あげるから。」出して来たのは宝石、みたいな小さい透明のセロファンに包まれたキャンディーだった。「食べて元気出せ。高いキャンディー。」ジャックが言うと、ソフィアが、泣き笑い顔で「バートみたい。」言い終わる時には笑った。「ここ、禁煙だろ?いつもバートがいるわけじゃないし、タバコ一服したくなった時用に自分で買った。」ソフィアは口に入れると目を丸くして「何これ、美味しいよ。」ジャックがニヤッとして「だってな、これは、バートのあの飴作ってる職人が同じ飴の切れっぱしで宝石みたいにカットした、上等の飴なんだからな。酔っ払ってる時に値段聞かずに買っちゃって。えらい目に遭ったわ。」ジャックがため息ついて苦笑するとソフィアが「ハンカチ、ありがとうございました。洗ってお返しします。」目は赤いが、いつもの様子に戻っていた。
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by kigaruni_eokaku | 2018-10-01 19:58 | 物語 | Comments(0)
b0314689_09360759.jpegアリッサと分かれて、足取り軽くサーカスに戻ったバートは人気者のトイプードルたちの散歩から帰ってきたソフィアに声をかけられる「あら。上機嫌ね。なんか良いことあった?」「ソフィア、僕のキャンディーは、ちゃんと恋が叶うということが、実証された。」得意げだ。ソフィアは自分より年上のバートが、こういう時、本当に子どもっぽいなぁと思いつつも「どうしたの?」一応聞いてあげる。「僕の恋が叶った。」「は!?」ソフィアはプードルの横にしゃがんで撫でながらバートを見上げた。アリッサとの事を話すと「よくアピれるなぁ。まぁ、あなたが勉強出来るのは私も認めるけど、バック転とか、前転とかを一般人に見せるなんて反則だわ。ここじゃ、誰でも出来ること。」呆れて肩をすくめて「ねー、クルトン。」プードルに同意を求めた。バートは気にせず「これで本当に恋が叶うと自信を持ってキャンディーを売るぞ〜。」「おめでとう。でも、せっかくガールフレンドが出来たのなら、キャンディーを売るのも大事だけど、早く本番の舞台に立てるようにならないとね。頑張ってね。さ、行くよ、クルトン、ポテト、ポタージュ。」プードル達を連れて走って行った。「あ、そうだよね。」バートはソフィアが行ってしまってから我に返って呟いた。
自分の部屋に戻ると、母親からの手紙を見つけた。そこには団長にも手紙を書いてある事と、行く日が書かれてあった。(母さん、なんで今頃、挨拶なんだろう。家に帰った時の顔もなんか気になるしな〜。)でも考えても分からないし、自分のこだわりすぎかなと手紙をしまった。
公演後、皆と食事をしていると、ディアナの夫で団員のまとめ役でもある、エディーが「バート、今度、お母さん来るんだろ?その日、団長が何かステージ立たせてやろうっておれに言ってた。」バートはフォークを持ったまま、じーっとエディーを見て「ほんと、ですか?」「うん。どうする?やれるか?」「やります!もちろん!」「お前も一応一通りトレーニング積んで来たし、何をしてもらうかは、改めて具体的に団長と相談する。とにかくお母さん来るまでに日数がないから特訓だな。ケガのないように集中してな。」「はい!なんでもやります!」とうとう自分もライトを浴びられる!ゾクッとするほど嬉しく、同時に身が引き締まる思いとで、力が湧いて来るような気がした。(母さん、喜んでくれるかな?父さんも来れたらいいのに。)自分の無茶な願いを許してやらせてくれた、両親に見てほしいなぁと思っていた。


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by kigaruni_eokaku | 2018-09-30 11:45 | 物語 | Comments(0)
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次の日、バートがロッドさんの依頼の配達を終えて、帰る時、店を出た所でキャンディーを買ってくれた女の子とばったり出会い、目が合ったのでなんとなく会釈すると、「あ・・・、サーカスのキャンディー屋さん・・・?」女の子はポツリポツリと確かめるように言った。「うん。そう。この前はありがとう。あ、あのさ、」バートは、『きみが一緒にいた男の子・・・』と昨日の事を言いそうになってから、思いとどまって、その先の言葉に急ブレーキをかけた。「何ですか?」女の子は軽く首を傾けて、バートに続きを促した。(言ったらきっと彼女は傷つくよな・・・。)それにこれは自分が告げ口みたいに言っていいことなのか、彼が一緒にいた娘はもしかしたら身内とか何の恋愛感情もない女友達ってこともある。バートが黙ってしまい悩んでいると、彼女の方が「私の恋が叶ったか、知りたいですか?」「あ・・・、あ、その・・・ど、どうなったのかなー。」バートは仕方なく流れに任せて尋ねてみた。彼女はさらっと「全然。アーサーはモテるもの。」「でも、この前、サーカスを見にきてくれたのは、デートじゃなかったの?」「違うわ。彼はサーカスが見たかった。教室でサーカスの話をしている時にたまたま、私が側にいたから誘われただけ。」女の子はあさっての方向を見る。バートは意を決して「えーっと、彼の事なんだけど、間違えていたらゴメンね。僕、昨日、彼が君じゃない別の女の子と楽しそうに歩いているのを見たんだ、だから・・・、その・・・。」女の子は「やっぱりね・・・。さっきそれを言おうとしたんですね。」バートは黙って頷く。「彼のこと、なんとなく、分かってました。」バートは、言ってしまった事を彼女が受け入れてくれたようなので、落ち着いた口調で「アーサーのどこが好きなの?」聞いてみる。「カッコ良くて、スポーツ万能、頭が良くて、みんなに勉強も教えてくれたりするの。ステキでしょ。」バートはニコっとして「カッコ良くて、素敵は、無理だけど、スポーツ万能と、頭脳明晰は僕もそうだよ。」と冗談ぽく言うと女の子は、えっ?という表情をしてから笑う。「あっ、初めて笑ってる顔見た。」バートが言うと、「そうですか?」また笑う。今度は偶然の笑顔ではなく、親しい人にする自然な笑みだった。彼女も冗談ぽく「本当にスポーツ万能で、頭脳明晰なんですか?」「そりゃ、そうさ。僕はキャンディーを売るのが本業じゃないよ。」キョロっと見回してすぐ近くに人がいない事を確認すると、両手を上げそのまま倒立をするように地面に手をついてすぐくるりと回り、元のように綺麗に立った。「ああ!すごい!すごい。サーカスの人なんだ。」「なんだと思っていたの?」「キャンディー屋さん。」バートは地面についた両手をパンパンとはたきながら笑う。「学生の頃は勉強も、ものすごくしたんだ。父親が成績良くないとサーカスに入ることを認めてくれなかったから。だから勉強だって教えてあげられるよ。って、何アピってるんだろ。」自分で言って笑うと、女の子は一緒に笑って「ありがとう。アーサーのこと、教えてくれて。言いにくかったんでしょう?私が嫌な思いをするって、考えてくれたんでしょう?でも、聞けてよかった。あのー。本当に勉強を教えてくれますか?」バートはしばし固まってから、ゆっくり一回頷いて「名前、聞いてもいい?僕は、バート・フォックス。」「私はアリッサ・ラングリーです。」「よろしくね、アリッサ。」バートの出した右手に彼女は快く握手をした。
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by kigaruni_eokaku | 2018-09-27 23:57 | 物語 | Comments(0)
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ミカエルのお父さんからの素敵なお土産を手に、バートは母の待つ家に着いた。「ただいま!」久しぶりの息子の声に「バート!え?どうしたの。」母親は驚いて、家事の手を止めて、玄関に慌てて出て来た。「今日は休みなんだ。今の興行場所ならここまで帰れる距離だから、帰らせてもらったんだよ。母さん、元気だった?父さんも。」「ああ、ああ、私たちは元気よ。あんたこそ、サーカスの皆さんに迷惑をかけたりしてないでしょうね。」「うん多分ね。」バートはいたずらっ子のような表情をして「あ、母さん、これ、お土産。って僕が買ったんじゃなくて、頂いたんだけどね。」バートが箱を差し出すと「あら。珍しいわね。お土産なんて。」母親は嬉しそうに箱を受け取り、開けて中身を見た途端にその明るい表情が一変して、真顔になった。箱とガラス細工を持つ手はかすかに震えているように見える。「どうしたの?母さん?きれいすぎてびっくり?僕のセンスじゃないから。あ、それね、オルゴールになってるんだよ。ガラスのとこ、回してみて。」「あ、あぁ・・・。」母親はガラスの所をそうっと回して溢れて来たその曲を聴きながら、さらにその表情がこわばる。さすがに心配になって来てバートが支えて「母さん、大丈夫?急に具合悪くなった?横になる?」「いいえ、大丈夫よ。ありがとう。」とりつくろうように笑顔を見せて静かな低い声で「バート、これを、どこで・・・?」母親は椅子に腰を下ろし、そう尋ねた。バートはミカエルのキャンディーの話、若い頃の団長と、ミカエルのお父さんの話など、今日の出来事を話した。「そうだったの・・・。ありがとう。」立ち上がってバートを抱きしめた。「母さん・・・。だから、僕は買ったわけじゃないし。大げさだよ。」笑って母親から離れ、「あ、父さんは?今年はいつ頃帰れそう?」弾んだ声でバートが言うと「今年は次は初雪が降る頃には帰って来るわ。」バートの父親は工場の機械のメンテナンスの仕事をしている。あちこちの地方や国をまわり、特殊な機械の調整、修理をしている。年に何度かはまとまった日数帰って来るが、ほぼ一年中どこかへ出張のような仕事だ。「その頃、また帰ってこれたらいいなぁ。」無邪気なようすのバートに母親が落ちついた口調で「バート、母さんね、近いうちに団長さんご夫妻に挨拶に行きたいと思ってる。」「そう?わかった。伝えておくね。母さんはこの近くの町で一回興行で見ただけだよね。僕がワンダーランドサーカスの虜になっちゃったあの時。」バートは小学生の頃を思い出す。すぐサーカスに入りたいと言ったら、父親が、キチンと学校を出てから、その時でもまだやりたければ行きなさいと言った。父親は子供のその時だけの思いつきだと思っていたが、バートは幼いなりに真剣に考えいた。
約束通り、高校を卒業して、サーカスの門を叩いた。入団にあたりは、手紙を託しただけで顔を合わせての挨拶はしていない。自分の責任でちゃんとやって欲しいからだと両親はバートに言っていた。
母親は、バートの食事の支度をしながら、久しぶりの里帰りの息子と他愛もない話をしながらも、時折、テーブルに置いたお土産の美しい品を見るには不似合いなけわしい表情をしていた。バートは母のその姿がとても気にかかり、迷ったけれど、帰り際に「僕の思い過ごしだといいんだけど、母さん、あのオルゴールを見るとなんか辛そうな顔になってる気がするんだ。ちがう・・・?」母親は笑って普段の様子で「何言ってるの。そんなことないわよ。さぁ、これ、荷物になるけど、持って行きなさい。」果物と手製の焼き菓子の瓶が入った袋を手渡し「今日は帰って来てくれて、ありがとう。素敵なお土産、ありがとう。」別れ際に涙目になって笑っている母親の様子は、里帰りして、サーカスに戻る時はいつもそうなんだけど、今日はなんだかどこか違うような気がすると思いながら「身体に気をつけてね。また帰って来るから。」母親はバートの両手を握り、何度も頷いてから玄関の戸を開けて息子を送り出した。

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by kigaruni_eokaku | 2018-09-16 07:53 | 物語 | Comments(0)

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