フォックス家の近くの公園、子供たちが数人遊ぶ昼下がり。ベンチに腰を下ろす、ジョージの姿。横顔の目線の先には元気に遊ぶ幼い子供。「私は、自分なりに子育てに全力を尽くした、と言っても」一旦言葉を切って、首を横に振ってから「仕事柄、妻にほとんど任せっきりであったと、認めなくてはなりません。私がもう少し、いえもっと、妻と息子のそばに居てやれたらと思ってなりません。色んなことに気づいてやれたのではないかと。」静かなギターの音が流れて、映像はジョージから公園の全景へと変わり、少し離れた山々をとらえた。***とある小さな田舎の駅に映像は切り替わる。そこはメアリーの生まれ故郷の町。ナレーションが入って〈メアリーにとって大切な場所にほど近い駅。今日はバートと待ち合わせをしてその場所へ向かう。〉田舎町は、緑豊かで、家々もまばらだった。〈メアリーが行き着いた場所は彼女の本当の息子の眠る場所〉ジャンが撮影した、実際のスーザンたちとバートが訪れた時の会話の様子が流れ始める。本当の自分の事情、気持ちをバートに全て語るメアリーにバートが応える。「辛かったんだね・・・、母さん。本当に・・。けどね、ポートランス家の人たちも辛かったんだよ。子供がいなくなる同じ悲しみをふいに受けて。長い間苦しんでいたんだよ。赤ん坊の僕にはわからないけど、あちらの両親も姉も。心に傷を負った。」メアリーはうつむいて、黙って涙を落としながら何度も頷く。ジャンは、バートとメアリーの様子を撮影しながら息をするのを忘れそうになっていた。「僕は・・・幸せに暮らした。18年間。でも、それはとっても有難いけど、申し訳ないんだ。本当の“バート”にもポートランスの両親にも・・・。」「それは!」メアリーが顔をあげて「それはあなたが自分を責めることではないわ。バート!」「たとえそうじゃなくても、僕は母さんの、メアリー・フォックスの子供だから、親のしたことに、責任を感じるし、一緒にポートランスの両親にお詫びをしたい気持ちになるんだ。僕は母さんの、・・・子だから!」バートが涙でいっぱいの目を見開き、強い声で言った。「ごめん、ごめんね・・、バート。母さんが、あなたまで・・苦しめた・・自分勝手な幸せにために・・・。」バートはメアリーの両肩を掴み「母さん、嘘はどこまで行っても嘘なんだ。どんなに取り繕っても、嘘が真実に取って代わることはないんだ。だから・・・父さんに“バート”が亡くなった時、僕は本当のことを話して欲しかった。父さんはショックを受けたかもしれないけど、きっと母さんを支えて理解して励ましてくれたと思う。どうして父さんを信じられなかったの?」「赤ちゃんが生まれた時に、それはとても喜んで、私はなんて幸せなんだ、ああ、幸せだ!って言ってた。あなたも知っている通り、父さんは家を空けがちな仕事だったから、遠い場所での長い勤務を終えて帰ってくると、子供を抱きしめて、しみじみと、その愛情を全て注いでいるようだった。そんなあの人を見ていたから、赤ちゃんが急に亡くなって、あの人が帰った時に、とても言えないと思った。自分のせいで亡くなったんだ、あんなに喜んでいたジョージを、私が傷つける。あの子の所に行こう、死のうって思ってた。そんな気持ちであてもなく歩いていた時にあなたの声が聞こえて、発作的に連れてきてしまった。そのまま・・・言い出せなかった、本当はあの子はもう居ないんです、なんて・・・。」「母さん、急な病で眠ってる間に突然亡くなる赤ん坊を誰が救える?母さんの責任じゃないだろう?」「ごめんね、バート、ごめん。」メアリーはバートにすがりつくようにして謝り続けた。「母さん、僕が今日ここに来たのは、何のためだと思う?僕は“約束”するために来たんだ。『バート・フォックス』くんに。」「約・・束・・?」メアリーが震える小さな声で呟いた。「そうだよ。母さんを責めるためじゃない。本物のバートに僕は君の父さんと母さんの子供であることは生涯やめないって約束しに来たんだ。勿論僕は真実を知った以上、アレックス・ポートランスに戻らないといけないけど、ジムとケイトが僕の本当のお父さんとお母さんだから。でも、僕を18年間育ててくれた父さんと母さんも紛れも無い・・、両親・・だ・・・。経緯はどうあれ、『バート』の受けるはずだった幸福を僕は全身で受けて生きて来れた。始まりは間違っていても、母さんがその後、僕を、父さんと真剣に育ててくれたことの中には嘘も偽りもなかった。だから、僕も自分の正直な気持ちで『バート』に約束するんだ。『安心して。僕が君の代わりに受けた幸福を、君の父さんと母さんに返していくよって』地面に崩れ落ちてしまったメアリーをバートが手を取って立たせて、「そのかわり、ちゃんと、必ずちゃんと、ジムとケイトに償ってほしい。」バートはメアリーの手をギュッと握って励ますようにそう言った。***自宅で番組を見ていたジャックは、「あの日、そういうことだったのか・・・。それにしても、こいつは本当に・・・。」一人つぶやいて、自分がカフェスタンドで拾ったバートがひどく具合が悪そうだった、あの日を思い出した。バートの気持ちを思って胸が痛む。出会った頃は、経営が大きく傾いていたワンダーランドサーカスを、いかに痛手を少なく畳ませるかばかり考えて通いつめていた自分が、今では借金返済のお目付役という本来の仕事を忘れそうになるほどだ。懸命に技術を磨く新入団員バートに出会い、過去の事故で心に傷がありながらも美しく愛らしいソフィアに出会い、ジャックの気持ちは変化した。ワンダーランドサーカスが損失を最小限にその姿を消すよりも、しっかりと再生する姿を見たいと強く思うようになった。このドキュメンタリーを通じて、どうかバートの二つの家族が、受け入れ難い過去と現実を乗り越えて、これからの人生をいつわりなく豊かにしていけるように願ってやまなかった。